10112504 テレビの明治期や戦前のドラマを見ているときに、よく「蘆花公園」の蘆花の住んでいた家が使われるのを見ることがあります。
 何年か前に朝9時に京王線蘆花公園駅で待ち合わせて、仕事がありました。仕事が終ったあと、「蘆花公園」へいきました。蘆花公園の駅からは歩いて15分くらいかかるでしょうか。正式には蘆花公園恒春園といいます。中には蘆花記念館があり、蘆花のたくさんの遺品が展示されています。
 私は中学生のときから徳富蘆花が好きな作家でした。「思出の記」が一番好きな作品といえるでしょうか。
 でもまず徳富蘆花で好きになれないところが2点ありました。

 1.兄が徳冨蘇峰であること。
 2.かなりレフ・トルストイを尊敬していること。

「自然と人生」の最初にある小説「灰燼」の印象が私には、この兄弟なのですね。私は西南戦争に参加する弟の方に当然惹かれるのです。そして、現実の蘇峰もあまり好きになれません。戦前の雑誌「日本人」で書いている内容とか、たくさん書いている漢詩も好きになれませんでした。大逆事件のとき、「謀叛論」を書いた蘆花とは相容れぬ存在だと思ってきました。しかし、その思いがこの「蘆花公園」にきて解消されました。蘆花と蘆花夫人愛子さんのお墓の蘇峰の書いた墓碑を読んだとき、私は涙が出てきました。蘇峰は弟と弟の才能を心から愛していたのだな、そしてその文は自分のことも反省しているように読めました。ああ、あの「灰燼」の兄弟ではなかったのだ、いや蘇峰はそうなりたくないのだと思いました。
 しかし、2番目のトルストイとの問題は、この「蘆花公園」にきてより大きなものとしてふくれあがってきました。この広大な公園(もとは農園だった)を見ても、蘆花へのトルストイの影響ははかりしれないものがあります。蘆花がトルストイと一緒に写っている写真があります。写真を一緒にとるだけにしてくれればよかったのに。
 私の行ったときの蘆花公園は、いろいろな人が絵をかいていたり、ジョキングしていたりで、「ああ、いい公園だな、こんな公園がそばにあったらいいな」という感じです。しかし、それがなにかすべてトルストイの影響のお蔭かと思うと、トルストイの嫌いな私には、なにか違和感を感じてしまいます。
 私はここから帰るとき、「トルストイ、トルストイね、トルストイ」とぶつぶつ叫んでしまいました。蘆花をトルストイから引き離すのはもはや無理でしょうから、私はトルストイ自身にいつか切り込んでいこうと深く決意したものでした。

 以上は2005年の1月くらいに書いていました。でも実は、同じ日に私はこのあと、地下鉄南北線で「ゲーテ記念館」に寄りまして、そこでもいくつものことを考えたものです。そのときのことはまた別に書きます。
 それと今では、私は徳冨蘆花よりも兄の蘇峰のほうが好きだと言えると思います。(2010.11.26)