曹植で一番有名な詩といったらこの「七歩の詩」だと思います。この詩に見られる事件がおきたのは、建安二五年(延康元年)のことです。「三国志演義」に描かれています。

  七歩詩    曹植
 煮豆持作羹  豆を煮て羹と作(な)し
 漉叔以爲汁  叔(註1)を漉(こ)し以て汁と為す
 其在釜下燃  其(註2)は釜の下に在りて燃え
 豆在釜中泣  豆は釜の中に在りて泣く
 本是同根生  本是同根より生じたるに
 相煎何太急  相煎ること何ぞ太(はなはし)く急なる

 (註1)叔(し)は上にくさかんむりがついている。醗酵させた豆のこと。
 (註2)其(まめがら)は上にくさかんむりがついている。

 豆を煮て、それで豆乳を作り、
 豆を漉して汁を作る、
 豆がらは釜の下で燃え、
 豆は釜の中で泣く。
 もとはといえば同じ根から生まれたのに、
 どうしてそんなにはげしくいりつけるのですか。

10112806 この兄弟はかなり不幸でした。二人は共にかなりな優れた人たちでした。だが、どちらかが曹操のあとを継がねばなりません。そこで二人の近臣たちは暗闘することになります。曹操は曹丕を後継者ときめたにもかかわらず、曹丕には曹植の動向が絶えず気になったことでしょう。
 ほぼその闘いには曹丕側が勝利して、この事件がおこります。羅貫中「三国志演義」では次のようにこの事件を記しています。
 曹丕はある日、曹植に七歩ゆく間に詩を作れ、できなければ死を賜うといいます。題材はそこにあった二匹の牛が争っている水墨画でした。ただし牛とか二匹とかいう文字の利用は許しません。曹植は歩きだし、七歩で見事な詩を作ります。曹丕もその臣下も感心しますが、曹丕はさらに即座に兄弟を題にした詩を、しかも兄弟の二字を使わないでつくれと命じます。できなければ、そのとき曹植の首はありません。この曹丕の言葉の次に、曹植がすぐに詩いだしたのが、この詩でした。
 もとは同じ曹操の子として生まれた兄弟なのに、どうしてそんなに私を激しく責めるのですか───という詩に、兄曹丕も思わず涙ぐみます。
「演義」ではこの詩は最後の二句はありません。最初の4行だけになっています。古来からこの詩は名高かったのですが、一体曹植の詩であるかどうかは確証がありませんでした。ただ私には、やはりこれは曹植が作った詩だと思ってしまいます。本来は仲のいい兄弟であったはずなのに、魏という大帝国を父から受け継いだ二人はどうにも不幸な関係になってしまったのです。曹丕は弟を愛しながら、そして詩人としての才能に嫉妬することもあったでしょうが、どうしても迫害してしまいます。弟は兄を敬愛し、なんとか魏の為に政治の世界に携わりたいのですが、どうしても許されません。「兄よ、私にもあなたの政治を助けさせてください」という植の思いに、曹丕はきっと心の中でこう答えていたに違いありません。

  弟よ、私には少し悔しいことでもあるのだが、お前は多分大変に詩人としての才能に恵まれているのだ。お前が政治の世界に出てきたら、私はお 前を殺さねばならないのだよ。政治は私がやる。おそらく後世にはお前は世界でも第一級の詩人として名高いことだろう。私にはそれが嬉しいのだ。

 二人の兄弟の思いを私はこう考えるのです。兄曹丕にそうした思いを抱かせてくれたのはこの詩ではないのかと私は思っているのです。(私はこれは、2003年の6月頃書いていました)