10120505 曹操の詩と曹植の詩と同じく、やはり曹丕の詩も見てみたいなと思いました。でも、曹植の詩はあちこちで紹介されているし、詩集としても岩波書店「中国詩人選集」の第3巻にありますが、曹操ならびに曹丕の詩は見つけだすのもたいへんです。
  遠征に出た夫を独り待つ妻の気持を歌にしています。

   燕歌行     曹丕
 秋風蕭瑟天氣涼 秋風蕭瑟として天気涼しく
 草木搖落露爲霜 草木揺落して露霜と為る
 群燕辭歸雁南翔 群燕辞し帰り雁南へ翔び
 念君客遊思斷腸 君が客遊を念えば思い断腸
 慊慊思歸戀故郷 慊慊(註1)として帰らんと思い故郷を恋わん
 君何淹留寄他方 君何ぞ淹留(註2)して他方に寄るや
 賎妾煢煢守空房 賎妾煢煢(註3)として空房を守り
 憂來思君不敢忘 憂い来って君を思い敢て忘れず
 不覺涙下霑衣裝 覚えず涙下って衣装を霑(うるお)すを
 援琴鳴絃發清商 琴を援(ひ)き絃を鳴らして清商(註4)を発し
 短歌微吟不能長 短歌微吟すれども長くすること能わず
 明月皎皎照我牀 明月皎皎として我が牀を照らし
 星漢西流夜未央 星漢西に流れて夜未だ央(きわま)らず
 牽牛織女遥相望 牽牛織女遥かに相望む
 爾獨何辜限河梁 爾独り何ぞ辜(つみ)ありてか河梁に限らる

 (註1)慊慊(けんけん) 心の満たされぬこと
 (註2)淹留(えんりゅう) 久しく滞在する
 (註3)煢煢(けいけい) 孤独なこと
 (註4)清商(せいしょう) 特別に澄んだ音

 秋風がわびしく吹き、大気も涼しい季節になった
 草木は葉を落とし、露は霜となった
 燕の群は飛び去り、雁は北からやってきた
 だけどあなただけは旅に出たきりで帰らないので思いは悲しいばかり
 きっとあなたも帰りたいと思っているのだろうに
 どうしていつまでも他国にいるのでしょか
 わたしはひとり家を守っていると
 寂しくてあなたを思い忘られず
 思わず涙がこぼれて衣装を濡らしてしまった
 琴を引き寄せ絃を鳴らして、澄んだ音を出してみたものの
 歌っても小さな声になってしまい、いつまでも歌うことができない
 明月の光がこうこうとわたしのベットを照らし
 天の河も西に傾いたが、まだ夜は明けない
 牽牛と織女は天の河をへだてて向いあつている
 どんな罪があって、あのように河でへだてられているのだろうか

 曹植の詩がほとんど五言詩なのにくらべて、この詩は七言詩です。たぶんもっとも早い七言詩でしょう。

 これは燕の歌とあるように、もともとは燕の国(河北省)の民謡なのでしょうか。そうした地方の歌をこうしてまた自分なりに解釈創作しているわけです。曹丕も父曹操同様数々の遠征をしたわけですが、その遠征に従う将兵には皆このように独りで待っている妻がいることを曹丕は充分に知っていたのだと思います。

 牽牛織女遥相望
 爾獨何辜限河梁

という二句を見るときに、その待っている妻の孤独が深く伝わってくると同時に、このような遠征に対する怨みの思いもきこえてくるように思います。待っている妻にとっては、待っていてももう愛する夫は帰らないことも多々あるのです。曹丕はそうした将兵とその家族の気持を判っていながら、何度も戦いに出かけたものと思います。
  曹丕は政治家であると同時に武人でした。父曹操が残してくれた魏帝国は、中原を支配したといっても、まだ呉も蜀も勢い盛んでした。やがて、漢の献帝からの禅譲(当然蜀漢側からは簒奪になる)により、文帝として中国の帝の地位についたとしても、まだ戦いは続きます。その中で、やはり曹丕は魏をより強大にしたことと、そして父にも似た英雄であり、また偉大な詩人でもあったと思います。
  三曹といっても、こうして曹丕の詩までなど扱われることはまずありません。こうして、この詩を読んで少しは曹丕の存在ならびに気持を判って頂きたく思います。(1995年の11月頃書いたものでした)。

 この詩を三国志の好きなパソコン通信の場で紹介したことがあります。そこにいた若者たちはみな、曹丕のほうが、曹植よりも数段漢詩が上手なのではないかと言ってくれたものです。そのときには、ものすごく嬉しくなった私がいたものです。(2010.12.06)