10120908 まだ若いのになあということを思いました。あと10年くらい書き続けてほしかったいう思いです。
 それにしても、私はどこでも司馬遼のことをほめたことがありませんでした。司馬遼はけっこうどんな年代の方も親しんでいますから、どこでも共通の小説の内容で話すことができましたから、そんなときに私はけっこう司馬遼太郎の歴史小説を貶してきました。
 今回思い起こしてみましたが、司馬遼の歴史小説はそれこそほとんどと思えるくらい読んでいます。最初に読んだのは中学生のときに「功名ケ辻」だったかと思い出します。山内一豊(註)の生涯を描いた小説です。織田信長が強大な戦国大名になったのは、美濃を手に入れてからであり、またどうして信長が鉄砲とか長槍を多く取り入れたかといえば、それは「尾張兵が極端に戦に弱かったから」なんていうことをこの本から習ったように覚えています。
 ただ私は司馬遼が亡くなって気がついたことなのですが、私は彼の作品を殆ど読んでいるという気になっていますが、その実私は彼の本はただの1冊も購入したことがないのです。彼の本はどこにでもありますから、私はいつもどこか友人や兄から借りて読んでいたものです。そして彼の本は怖ろしいくらいの速度で読めるもの、いやとにかく素早く読み終えてきたものでした。
 私が好きな歴史小説家といったら、まずは吉川英治でしょうか。吉川英治とは、ちょうどぶつからない形で司馬遼は描き分けてきた気がします。あとは、長谷川伸、海音寺潮五郎、子母沢寛、もちろん中里介山も好きです。今の作家では、藤沢周平こそ司馬遼よりも、ずっと私をひきつけるものをもっています。あと少し違いますが、隆慶一郎はまったくいい、だから山田風太郎もいいことになります。好きになれない歴史小説家というと、山本周吾郎、山岡荘八、司馬遼太郎、ついでに綱淵謙錠でしょうか。
 伊藤圭一も好きですね。とにかく読むけど、なんともいえないのは、吉村昭。でも司馬遼とは吉村昭も池波正太郎なども、けっこう同じ歴史、同じ人物を扱っていて、ぶつかるところがありますね。
 私が司馬遼を批判していた内容に、こんなことがあります。小説は、たとえば目の見えない人がトラベル物を読んでいたとして、その方に数々の旅先の風景旅情等を手に取るように判って貰えるように描くべきだという思いが私にはあります。そうしたことを話の展開の中で描いていかなければならないと思います。推理小説でも犯人探し、謎解きが優先するのではなく、主人公探偵なりが、どうしてそのような設定が出来てきて謎が解けるのかを、読んでいる人が自然に身体で判っていくように描くべくだという思いがあります。それが、先を急ぐあまり「解説」して終ってはならないのです。司馬遼にはあまりに、この「解説」が大すぎると思いませんか。赤川次郎や西村京太郎だって、あんな進めかたはしていませんよ。いや、このお二人の小説を目の見えない方聴いていたとしても、話はどんどん見えるように展開していくはずです。司馬遼はとにかく早く早く話を正確に(彼が思い込んでいる正確さだが)、書いてしまいたかったのでしょう。
 たとえば、「翔ぶが如く」で、西郷薩摩軍がどうして戦略的に意味のない熊本城を攻撃したのかということに関して、司馬遼は、

  薩摩人にとって、戦国のときから加藤清正の築いた熊本城こそ、なんにおいても打倒しなければならない対象だった。
  薩摩人にとって加藤清正は一番の敵の象徴ではあったが、また薩摩人は清正を一番敬愛もしていた。(記憶だけで書いているから正確ではありません)

 一見私は納得もしてしまう。だけど、この内容って本当なのかな。そして一番問題なのは、こうしたことを彼は小説の中の出来事で描くのではなく、ただ論証ぬきに解説してしまっているのです。本来なら小説の中で、こうした内容を出来事として描き、そしてついには薩摩軍がそのまま熊本城へ打ちかかっていったことを書いてくれればいいのですが、単にこうしたさして根拠のないことを解説として書いて、それで読者を納得させようといっても、私は不満なのですね。
 でもとにかく、私には作品のほとんどを読んでいる作家としては10本の指に入る方でした。彼の魂に合掌します。
 そうですね。一番好きになれた作品は「竜馬が行く」と「北斗の人」ですかね。

 (註)思えばこの一豊は最初は信長と敵対していた織田信安に仕えていた
 のですね。信長方と一戦交えたこともあるのでしょう。その後、信長-秀
 吉-家康と仕え、土佐20万石の大名となります。でもこのことが土佐で、
 もといた長宗我部氏の家来たちを下士としたことにより、幕末での土佐藩
 の動きが出てきます。武地半兵太・坂本竜馬は、この山内に支配された下士ですね。板垣(乾)退助は上士でした。そんなことを司馬遼は「竜馬が行く」で細かく解説しています。
  でも一豊といえば、有名な奥方のへそくりの話(鏡からへそくりを出して、夫に馬を買わせせる話)よりも、私にはどうしてかわあわあ泣きながら槍を振るっている尾張時代の一豊の姿の方が目に浮びます。この姿もまた司馬遼の描く世界です。
     (1996.02.15)