10121004 しばらく前になりますが、飯干晃一が亡くなりました(1996.03.02)。何か書いておきたいという思いだけで、もうこうして時間が経ってしまいます。
 私は飯干晃一の著作というと、「会津の小鉄」と「仁義なき戦い」しか読んでいません。でもこの二つともにかなり印象深い作品でした。この二つとも角川文庫でそれぞれ全2冊になっています。
 会津の小鉄については、私は名前くらいしか知りませんでした。清水次郎長、国定忠次、飯岡助五郎、笹川繁蔵などと並ぶ博徒でありながら、私にはどのような人物だったのか知りませんでした。ただなんといっても、この幕末のときから現代まで存在しているやくざ組織といったら、この京都の会津小鉄会くらいでしょう。あとは寄居一家もそうかもしれません。ほかのやくざは実をいえば、博徒でも香具師(テキヤ)でもなく、戦後のギャング集団でしかありません。そんな中で現在も元気に京都を仕切っている会津小鉄会というのは興味がありました。とくに現在の小鉄会の元会長の高山さんが、暴力団新法に反対してテレビや雑誌に出演しているのを見て、かなり感心していたものです。この高山さんの暴力団新法に関して書かれた著書に関しては、以下で私は書評を書きました。

   高山登久太郎「警鐘」

 しかしたいした知識のなかった私に、この飯干晃一の「会津の小鉄」は、いろいろなことを教えてくれました。私には会長の高山さんの存在はこの会津の小鉄の姿からきているのだなと確信したものでした。
 つぎに「仁義なき戦い」のことです。誰も映画は見ているのではないでしょうか。全5作で完結して、さらに番外篇というか(なんというか内容は関係ないのだが、題名が同じシリーズが)あと3作あります。私は何度も何度も見ました。そして全8作をビデオで一気に連続で見たことも2回あります。
 実をいえば、私は深作欣二という監督が好きでありませんでした。彼はマキノ雅弘や山下耕作、加藤泰のように、ヤクザ映画を綺麗な映像には写しません。いつも「しょせんヤクザは無駄なことばかりやっている」というように描きます。ヤクザは結局無意味なことの為に戦い死んでいく、そしてしかもその死に方も少しも綺麗ではなく、戦う場も例えば汚水の中でやくざ同士を斬り合いさせたりします。私にはどうにもこれが許せなかったものでした。
 その深作欣二が「仁義なき戦い」を撮るといいます。またかよ、何が「仁義がないのだ」という思いでした。「所詮やくざには仁義なんかなにもないのだ」といいたいのだななんて思いでした。私はついには「深作って日共じゃないのか?」なんてことまで言っていたくらいです。
 だが私は映画をみて感動しました。実にいいのです。東映の俳優がそれこそ、端役に至るまで、みんな精一杯演技しています。そしてこの映画の内容である広島ヤクザの抗争史が実にいいのですね。私は必死にあらすじを整理していたものでした。

 私はこの感動できる「仁義なき戦い」の作者は4人いると思いました。
 まず、この映画の主役である菅原文太のやる本当のやくざ本人であり、このもともとの手記を書いた美能組組長美能幸三です。実際の美能という方は、文太さんとは違い、もっと太った方のようですが、この人が書いた自分たち広島やくざの抗争の歴史が、まずはこの「仁義なき戦い」ができる発端だと思います。そしてこの手記自体がかなり好感をもって読むことができます。
 そして次には菅原文太その人も、この「仁義なき戦い」を作った作者であると私は思います。それまで、いい線行っているのに、何故か文太の映画は当りませんでした。「まむしの兄弟」「新宿の与太」等々、いいのに当りませんでした。「なんでやろうな、なんであたらんのやろう」という文太のぼやきが聞こえてくる気がしていました。だがそれまでの苦労がこの映画ですべて見事生かされた気がしています。
 次にこの「仁義なき戦い」の作者は監督の深作欣二です。私はこれで、彼への偏見を棄てました。もうそののちは深作さんの映画はおそらく全部みてしまったと言い切れるくらいだと思っています。
 そしてやっぱり4人目の作者といえば、この原作である「仁義なき戦い」を書いた飯干晃一であると思います。私はこれで、広島ヤクザの抗争史だけでなく、山口組・本多会の抗争史、及び山口組の地道行雄、本多会の平田勝市などの存在とその姿を知りました。昔見た東映のヤクザ映画で、あの役やっていたのが、「あれが山口組の地道のことだったのか」なんてことが判ったものです。
 この飯干晃一の原作は何度も読み返しました。広島ヤクザの抗争と、山口組・本多会の関係、警察及び国家の頂上作戦のことなどをよく理解したかったからです。実に飯干さんにはなんだかお世話になったなというような感じがしています。
 できたらこの際、彼の他の著作も読んでみようかなと思っています。
 飯干さん、ありがとう。合掌します。 (1996.03.23)