10121404 もう一度埴谷雄高のことを書きます。ちょうどいろいろ激辛庵さんと話したことがありますので、そのことを書いてみたいと思います。
 激辛庵さんはかなり身体の調子が悪く、今年になって一度も会っていませんでした(彼と会うということは、激烈に飲むということ)。それが11日に電話してきました。昼飯を一緒に食べようと、秋葉原で会いました。ビールを少し飲んで、コーヒー飲んでいろいろと話しました。少し元気になったようです。
 それで最初はPHSや携帯電話、ザウルス、電子手帳の話などから、インターネットの話やいろいろしていました。そして、彼が

   群像の「埴谷雄高追悼号」、読んだ?

という私への問い掛けから埴谷の話が始まりました。
 私が読んでいないというと、「今度あげるよ」といってくれます。そして追悼文を寄せている論者の中で、吉本(吉本隆明)さんの文が一番良かった、読み応えがあったというのです。

   吉本さんはあの中で、埴谷の「幻視の中の政治」を高く評価していたけ
  ど、読んだ?

といいます。私もたくさんある埴谷の評論集の中で、あの本だけはいいのではないか、あの本は読むべき内容を持っているのではと答えていきました。
 そこでいよいよ「死霊」の話になっていきます。「死霊」は結局は未完に終わった訳ですが、「群像」の中の論者には、「結局あれで終わりなのだ」という人もいたようです。私はいや、本当はまだまだ続くはずで、最後が釈迦と大雄(ジャイナ教の開祖)の話になり、さらにそのあと、虫の会話で終わるのだといいました。で、さらに私は埴谷の悪口を言いだすわけです。

   でも、終わりも何もないよ。最初から、あの小説はくだらないんだ。た
  だ評論家が「くだらない、つまらない、どうでもいい小説だ」といいきる
  勇気がないだけだよ。吉本さんだけは、あれは「三太郎の日記」とか長与義郎「竹沢先生という人」なんかに連なるような思弁小説だと言っちゃっ
  ているけれど。埴谷も、そこまで言われちゃって、悔しかったろうな。

てなことを、私は言い出します。

   あれはさあ、「カラマーゾフ兄弟」のやき写しなんだよ。ほら、カラマー
  ゾフ兄弟って、4人だろう。アリョーシャ、イワン、ドミトリイ、スメル
  ジャコフの4人で、「死霊」は首猛夫、三輪與志、矢場徹吾、黒川健吉の
  4人は実は兄弟なんだよ。しかも二つとも実に短い日時に起こった事件を描いているし、しかもどちらも未完なんだ。でもドストエフスキーはいい
  けれど、埴谷が真似したって、駄目なんだよ。この4人全員にいろいろと
  告白させるわけだ。矢部は精神病院に入っていて、何も喋らないのだけ
  れど、首が見る夢の中で、矢部はいろいろなことを告白するんだよ。……。

 こんなことを話していきます(ここで書いていることは、私の記憶で書いているわけで、埴谷の本を開けて確認しているわけではないので、内容違いや記述ミスがあるかもしれません)。激辛庵さんもいろいろ合いの手を入れてきます。ドストエフスキーの話もしていきました。
 そんなところで、彼も会社に帰らなければならなくなり、別れました。そして、結局夕方また彼から電話があり、結局飲みに行きましたが、当然埴谷の話の続きになるはずが、激辛庵さんの奥さんの呉燕尼がいわば見張り役としてついてきましたので(いや、激辛庵さんは自分の妻の会社の電話番号を知らないので、私がいつも連絡を取るために、3人一緒ということになりました)、またまったく別な話題になりました。
 でも、埴谷雄高も、こうして鬼籍に入ってしまうと、もうそれほど貶すこともないのかなと思うようになりました。はっきりいって、それほどの存在ではありません。私としては、「幻視の中の政治」をもう一度読み返し、そしてそして「死霊」を全部最初から読み直してみようとは思っています。それで、この方には「さようなら」をいいたいと思っているのです。(1997.04.14)