10121703 なんだか「訃報」ばかり書いている気がしますが、やはり書かないではいられないのです。藤沢周平の死です。

[訃報]藤沢周平さん 死去=作家 人情味あふれる時代小説
     97.01.27  東京本紙朝刊 1頁 1面 写図有 (全446字)
 人情味あふれる時代小説の名手として愛された作家、藤沢周平(ふじさわ・しゅうへい<本名・小菅留治=こすげ・とめじ>)さんが26日午後10時12分、肝不全のため東京都新宿区の病院で亡くなった。69歳だった。葬儀・告別式の日取りは未定。自宅は練馬区大泉学園町4の27の9。喪主は妻和子(かずこ)さん。(社会面に関連記事)
 1927年山形県鶴岡市生まれ。山形師範を卒業後、中学校教諭、業界紙の編集者などを経て、71年「溟(くら)い海」でオール読物新人賞を受賞。73年「暗殺の年輪」で直木賞を受賞して作家活動に専心、「一茶」「密謀」「蝉しぐれ」など相次いで作品を発表し、その筆致は“名人芸”“職人芸”と評された。86年、長塚節の伝記小説「白き瓶」で吉川英治文学賞を受賞。89年には「時代小説に新境地をひらいた」として菊池寛賞を、「市塵」で芸術選奨文部大臣賞を受賞、95年に紫綬褒章を受章した。昨年9月から入院し、今月25日から意識がなくなったという。昨年11月刊の「日暮れ竹河岸」が最後の単行本となった。  毎日新聞社

 もう藤沢周平に関しては、全作品を読んでみようと決心していたところですが、「藤沢周平全集」を借りるのはいつも我孫子図書館にしていましたので、なかなか借りる機会がなくて、進んできませんでした。「周の書評(文学哲学篇)にて「全集三巻」と「全集十一巻」と青春小説の「蝉しぐれ」を論評してきました。
 そのほか文庫本ではそれこそたくさん読んできました。この方の本も、たくさんのファンがいるためか、あんまり自分で購入することなく、借りたり、もらったりして読んできた思いがあります。
 そうですね、一番好きな作品といったら何かなと考えてみますと、雲井龍雄の生涯を描いた「雲奔る」かなんて思います。いや、これは私が雲井龍雄の熱心なファンだからでしょうか。私がときどき詠う詩に、雲井龍雄「客舎の壁に題す」という熱血の詩があります。
 また清河八郎を描いた「回天の門」もいいですね。清河八郎ほど誤解されてしまっている幕末の志士はいないと思います。悪いのは、司馬遼太郎だよと私は確信しています。清河八郎が志半ばで斃れ、後年「頭がきれるが、自分の策に溺れてしまうような策士だった」というような評価を、藤沢周平は見事に覆してくれた気がしています。清河八郎の白い顔が、藤沢周平によって、少しは明るく笑ってくれている顔になったような気がしています。
 でも、やっぱり読んでいていいのは「橋物語」のような江戸の市井の人々の生活を描いた作品に一番ひきつけられているかなとも思います。読むたびにいろいろな箇所で涙が浮かんできてしまいます。
 私はどうしても、藤沢周平を司馬遼太郎と山本周吾郎と比較してしまいます。そして、私は藤沢周平以外のふたりをどうしても好きになれないのです。藤沢周平が司馬遼の書いた幕末の話で重なった世界はないと思います。清河を描き、雲井龍雄の生涯を描くのとは違い、司馬遼は坂本龍馬を作り上げ、新撰組土方を作り上げました。維新後の西郷を描きました。司馬遼では清河八郎は描けないのです。描けないどころか、私には清河を馬鹿にしているとしか思えない描き方しかしていません。でもこのことは、またいつか飲んでいる席ででも詳しく述べていきたい課題です。
 そして山本周五郎ですが、藤沢周平は同じような資質の作家、周五郎の影響下にあった作家だと思われがちですが、私にいわせれば、これまた冗談じゃありません。
 周五郎の「青べか物語」って、本当のお話なのかな。なんだか「浦安は本来こうあるべきだったのだ、きっとこうだったのだ」とデッチあげられている気がしてしまいます。「さぶ」で寄場送りになる「武松」(ほんとうは違う名前だけど今は思い出せない、寄場でこう呼ばれるんだよね)が、その原因になる犯罪を犯したとされるのは、最後の最後に、彼の妻になる女のせいだったと分かるのだけれど、あんなことあるのかい。ひどすぎやしないかな。
 山本周五郎は、あまりに「人間はこうあるべきだ、人間はこんなに素晴らしいのだ」という思いが強すぎるように思えます。そうではなく、人間は生きているなかで、嫌な存在にもなり、素晴らしい存在にもなります。塵芥のような人間もいれば、珠玉のような人間もいるのです。ただその中でその珠玉のような存在やできごとに会えたことを、そのまま淡々と描けているのが藤沢周平なのです。
 藤沢周平の死を知ったときに、悲しくて残念だったのですが、私は藤沢周平のあとを継いでいるなと感じる作家の大きな存在を感じとっていました。それは宮部みゆきなのです。宮部みゆきの推理小説を最初読んだときに、そこに出てくる一人一人の人間たち(主人公の回りにいるいわば端役の人たち)の描き方に、なんだか温かい素直な視線を感じました。「これは何だろう、一体なんだろう」と思ったものでしたが、これは藤沢周平の影響なのだと私は思いました。
 その思いは、彼女の「本所ふしぎ草紙」や「かまいたち」を読んで確信にいたりました。この江戸の下町を描いているミステリーは、まったく藤沢周平の世界なのです。このことが、私は藤沢周平の死にも拘わらず、なぜかほっとできたところなのです。
 さてさて、つぎにもっととんでもないことをいうと、私はパトリシア・コーンウェルのミステリーにも藤沢周平の世界と同じものを感じとっていました。警部のマリーノの描き方なんかに、藤沢周平の世界を感じていたのです(つまらないこというが、私はマリーノとケイが結婚すればいいのになあ、と心から思っている)。ただ、「私刑」で、「ちょっと、コーンウェルは疲れているんじゃないの」なんて思いまして、さらに最新作(昨年12月に出ました)の「死因」では、「ちょっとこれは、もう駄目だよ、もっと頑張ってくれよ」という思いです。やつぱり、藤沢周平のように持続して書き続けるのは難しいのでしょうか。でも宮部みゆきにはそれができる資質と、藤沢周平のいい影響を、私は感じています。
 なんだか、いわば勝手なことばかり書き連ねました、本来はこんな簡単に書くべきことではありませんが、とにかく藤沢周平の死で感じてしまっていたことを断片的にかつ乱暴にこうして書き記します。(1997.03.03)