10121901「橋のない川」の作者、住井すゑさんが16日に95歳で亡くなりました。 私は、「周の書評」で2度、この著書について書いてきました。「橋のない川」を読んでいると、たいへんに話の展開にひきつけられてしまい、実に真剣に読んではいくのですが、やっぱり何か「これは違うんじゃないの?」という思いがわき上がってくるのです。
 明治後半から大正期にかけての奈良県の部落民の少年のおいたちが中心として描かれていきます。第6巻ではついに全国水平社が結成されます。読んでいると実に感動的なところです。最初はここで、この物語は終わりの予定だったようです。でも読んでいると、「このあとはどうなるのだ」ということがいくつもちりばめられていて、そのとおり、住井さんは第7巻を執筆完成します。さらには、第8巻も予定されていたようですが、その第1行を書いただけで、亡くなられました。
 私が言いたいのは、全国水平社は、けっして日本帝国主義天皇制に弾圧されてきた存在なのではなく、むしろその最先頭でアジア侵略に向かっていた存在でもあったのではないのかということなのです。その内省がなければ、私には、なにかあの戦争への総括にはならない、部落問題を根本的に解決することにはならないと思っているのです。そこのところが、住井さんは、私にいわせれば「ごまかしている」ように思えてならないのです。
 関東大震災で、どうしてあのような朝鮮人虐殺がおきてしまったのか。そして、それは私たちが20代前半のときにも、朝鮮人高校生襲撃事件というのが、東京山の手線,赤羽線などで多発していました。大阪で起きた山口組と松田会の抗争事件には、実は朝鮮問題(松田会は朝鮮人系やくざである)が大きな要素としてあったと私は思っています。
 こうしたことを考えるときに、住井さんが「橋のない川」で描いているように、抑圧される朝鮮人たちに対して、全国水平社は果たして連帯できた存在であったのかというのは大事なことです。あのように描いてしまうのが真相なのか、住井さんに問いただしたいところなのです。私はむしろ、たくさんあるやくざ映画のほうがこうしたことをそのまま如実に描いているように思っています。けっこう私は飲んだときに、こうしたことを話しています。書くと、どうしても表現しづらいところがあるわけです。
 こうした思いから、私はどうしても住井さんのいうことに全面的に納得できないでいました。本当なら、あの物語のように、部落民をはじめとする非抑圧階級民族が連帯して日本帝国主義と闘い、あの戦争を阻止できていることが、私たちの理想としたいところであったわけです。だが事実はそうではなかったわけです。
 でもとにかく、住井さんには、もっと書き続けてほしかった。もっと長生きして欲しかったと思うところです。(1997.06.21)