10122305書名  健太となかまたち
著者  蒲原ユミ子
絵   宮崎耕平
発行所 汐文社
1997年2月発行

 私はこの題名の「健太」という字を見たときに、「あ、私の好きな男の子の名前だなと思いました。健太というのは、私が昔進学教室をやっていたときに4年生から6年生までいた男の子でした。最初は千葉教室で日曜日だけ来ていたのですが、そのうちそのほかにも週に二回船橋まで通ってくるようになりました。お母さんの話だと、彼は私たちの進学教室で好きでたまらなかったようです。そして私も元気な男の子だった彼が大好きでした。ただ、私はいつも「うるさいから、静かにしろ」と怒っていたばかりいたような気がします。
 もう一人の登場する男の子が「一平」という名です。この名前も私は好きなのですね。私の大学のときの仲間後輩でも何人か自分の子どもにこの名前をつけた人がいます。今思い出すと、「あいつもそうだ、彼女もそうだ」と幾人も浮かんできました。
 そんな私は最初から興味シンシン読んでいきました。

 健太は東京の男の子でしたが、喘息で丈夫ではありませんでした。健太の健康のことと、お母さんがもともと自然のある田舎で暮らしたいという気持があったためにお父さんを説得して、秋田県の北、能代川の流れるあたりに引っ越してきます。意地悪な目をした私なら、「そんなこと簡単にできるわけないじゃないか、第一田舎がそんなにいいわきゃないよ」というところでしょうが、実は私の友人に実際に子どもの喘息のために東京の神楽坂の家から、房総安房に引っ越してしまった人がいるために、そんな違和感がありません。その友人も丈夫になった娘さんのことを自慢げに話してくれたものでした。
 都会を否定し、田園と自然のある田舎を一方的に礼賛する傾向やそうした人を、私は少しも評価しません。そしてそうした主張のある文書は、私は少しも好きになれません。でもこの物語には、私はそんなことよりも、違うものしか見えてきません。これは豊かな自然のもとでの男の子たちの童話なのですね。物語の半ばから参加してくるヒロキも、最初は喘息のひよわな子です。なんだか健太と一平と打ち解けないのですが、それが自然に仲よくなってしまいます。それはおそらく、ここが都会ではなく田舎だからということではなく、ここではなにしろ子どもたちは直接に触れ合い、ぶつかりあう環境にしかないからだろう、そしてまた健太の両親も、そのような形を懸命に作っているからだろう
と思います。
 田舎礼賛のエコロジカルな物語だったら、私はすぐに読むのをやめてしまったでしょう。そうではなく、ここに書かれている男の子たちの姿やその遊び回っている風景が、私たちの身体の中に郷愁としてつねに思い出されてしまうようなものだからからなのだと思います。著者が

  ある日、一人でカマクラという大きなどじょうがよくとれる小川でざ
 るをすくっていました。はだしでザクザクと小川の隠れ家をたたき、生
 き物たちをざるの方へ追い出します。十分追い込んだところでざるを持
 ち上げました。ざるの中の濁った水が、大波がうねるように大きく揺れ
 ていたので、内心、──これは大物だ!──と、どきどきしながらざる
 をゆすっていました。ところが、水がひけたざるの中にあらわれたのは、
 ぶっとい蛇の青大蛇でした。思わず、側の田んぼにざるを放り投げまし
 た。けれど、そんなことくらいではへこたれません。また、ちゃんと翌
 日も一人で小川に出かけたものです。       (「あとがき」)

と書いているところなど、私も懐かしく思い出すような光景です。私はまさか青大蛇を取ってしまったりはありませんが、こんなことを何日もやっていたのを思い出します。小学校3年生の頃でした。何人もの仲間たちと、いつもいつもいろいろなところへ出かけていたものです。そして、よく同じような小川でいろいろなもをを取ったり、とんでもないことを(小川といってもたぶん農業用水に使っていたのだろうけれど、私たちは砂で堤防を作って何度も川の流れをせき止め、流れを変えてしまった。ある日お百姓さんが怒ってきたっけ)していました。
 でもそうした私たちの心の中にある懐かしいものを思い出させてくれた物語です。私は出版されたときに真っ先に読んだものでした。1997年2月のことでした。