「………失業率がこのままうんと高くなれば、大喜びするのはマフィ
 アだ。今のペテルブルグの状況は、二〇年代のシカゴと実によく似て
 いる」にやっと笑って、「だとすると、エリオット・ネスがいなきゃ、
 話にならんだろうが」

10122418 エリオット・ネスたちFBIは「アンタッチャブル」と呼ばれたといいます。マフィアたちが、いくら買収しようとしても絶対に彼等はマフィアの協力者にはならなかったからです。現在のロシアも大恐慌時代のアメリカとまったく同じ事態に陥っています。同時にあの時代にエリオット・ネスたちがマフィア撲滅のために闘ったように、今のロシアにもマフィアと闘っている警察官たちがいます。
 その現代ロシアのサンクトペテルスブルグ(旧レニングラード)での刑事たちの活動を描いたのがこの小説です。これはイギリスBBS放送のテレビドラマの原作として作成されたとのことです。ロシアに長期取材し、かつ絶大な協力を得て、完成されました。現在はロシア語にも翻訳され、好評を得ているといいます。

書 名  屍肉
著 者  フィリップ・カー
訳 者  東江一紀
発行所  新潮文庫
平成6年11月1日発行

 社会主義ソビエトというどうしようもなく非人間的な国家が崩壊したと思ったら、現在のロシアは、経済がマヒし、20年代のアメリカとまったくそっくりなマフィアが横行するとんでもない無法社会になってしまいました。現在に限りなく近いほど、犯罪数は増え、国民にはまたスターリンのような強権をあこがれてしまう傾向も表われてきているようです。実際にロシア自由民主党ジリノフスキーの言っていることなど、スターリンを髣髴させます。テレビで見ているとこの政党の背景に元ソ連の国旗の赤旗がいくつも旗めいているのが映し出されています。
 たしかにこのままロシア社会が病んだままでいってしまうと、また異常な政治勢力が力を持ってしまうかもしれません。そうした傾向を防ぐためにも、現政権はマフィアとの闘いに勝利するために必死なのだと思います。
 主人公はモスクワ中央内務局調査部の中佐です。彼はサンクトペテルスブルグへ派遣されます。彼の任務はマフィア操作の最前線にいる刑事たちが、マフィアと癒着していないかを調査するためです。だが彼が実際に赴任してみると、この都市は20年代のアメリカシカゴと全く同じような犯罪都市になっており、またそれに対して闘っているイヴァゲーニー・グルーシコはじめとする刑事たちは、アンタチャブルを髣髴させるように倫理的に献身的に働いています。主人公も思わずみずからの任務よりも、グルーシコたちと一緒に犯罪組織と闘っていくほうに懸命になってしまいます。
 おりしも、ロシアの各さざまな問題点を雄々しく告発していた大物ジャーナリストが殺されます。一体誰が殺したのか。どのマフィア組織なのか。
 それにしても、もはや破綻してしまったのかのようなロシア経済下の生活が描かれています。エリオット・ネスであるグルーシコの家庭も描かれていきますが、もうネスの恰好良さなど保っていることはできません。ここまで描いてしまうことをよくまあ、ロシアの警察も許してくれたなと思いました。
 主人公の義理の兄がいいます。

 義兄「たとえ犯人を捕まえたとしても、マフィアを打ち負かすことは
   絶対できない。それは、わかってるんだろうね?」
 グルーシコ「なぜ、そんなことがいえるんです?」
 義兄「この国でちゃんと動いているのは、マフィアぐらいのものだか
   らさ」

 この小説を読んでいると、この兄の言葉に明確に反論できるのだろうかと思ってしまいます。実際のところはどうなのでしょうか。この小説に限っていえば、マフィアを打ち負かすことができるのは、グルーシコを始めとする刑事たちの人間としての倫理性のみなように思います。しかし実際には倫理で腹がふくれるのかどうか不安になってしまいます。 この小説を読んでまた思うのですが、いったいロシア革命というのは何だったのでしょうか。現在のロシアの姿はやはり1917年の革命から帰結されているように思えます。プーシキンの詩を読み、チェーホフの小説を読むと、次第に近代資本主義社会に向いつつあるロシアを思い浮かべます。ロシアも西欧と同じ普通の国だったはずなのです。ところが突然あの革命で時代は時間はあともどりしたように思えてきます。どうしてこんなことがおきてしまったのでしょうか。私にはソ連というのは人類史上最悪の国家だったように思っています。その国家が倒れたのはいいことなのです。だがおそらくは、もとの共産党員たちは数々の利権をそのまま握ったまま現在を過ごしていると思われます。やはり社会主義ソ連は、封建制の国だったのです。権力の側にいる悪代官たちが、すべての利権を握り、反抗する人民を強権で押えつけていたのです。いま時代がかわっても、その悪代官たちは裏の安全なところにひっこみ、マフィアたちが前面に出てきました。
 グルーシコはペレストロイカの最初から、共産党に対して異議を申し出たいわば勇気ある正義の人です。ロシアを愛しているし、不正を許しません。そしてパステルナークの詩句をこよなく愛している文芸人でもあります。そうした彼の姿を見ていると、なんとかロシアもどうにかまともになるだろうかと希望的に期待してしまいます。
 そうした彼等「正義の人々」がきっと報われるだろうことを信じていきたいと思います。ちょうど約100年前には、「正義の人々」は封建制帝制ロシアに対して爆裂弾を投げていました。いまはグルーシコのようにマフィアを始めとする不正と闘っているのです。(1998.11.01)