11011707書  名 東大落城
著  者 佐々淳行
発行所 文芸春秋

  この「東大落城」という連載が文芸春秋に最初掲載されたときにすぐ早速買ってきましたが、1回の読みきりでないと知ってすこしがっかりしてしまいました。そしてこうして単行本になったのを知り、また早速買ってすぐに読んでしまいました。1969年1月18、19日の東大安田講堂を中心とした72時間の攻防を警察機動隊の側から書いた記録です。

  二日間に東大構内で逮捕された、合計六百三十三名の各セクト過
  激派学生のうち、東大生はわずか六パーセント・三十八名。残りの
  九四パーセント・五百九十五名は、北は北海道から南は九州まで全
  国四十五の官公立、私立大学から応援にかけつけた“外人部隊”だっ
  たのである。

 私はこの「外人部隊」でした。ただ私はこのことで特別東大生がどうだこうだという気は全くありません。むしろそれだけ当時の私たちにとって、東大闘争はかなり大事な闘いであったということだと思っています。

 私は1月12日から中大全中闘と一緒に安田講堂に入りました。ひとりだと入れてくれないのです。当日夜まず安田講堂は日本共産党=民青の襲撃を受けました。当日全共闘の部隊は駒場に出かけており、安田講堂には100名にたりないくらいの部隊しかいませんでした。この日安田講堂を攻撃してきた日共の姿は、18日に大挙して襲いかかってきた機動隊と同じ姿です。国家の露払いとしてやってきたものと思いました。
 それから安田講堂にいたわけで、講堂に中にあるグランドピアノを弾いていた学生がいたこととか、とおくからわざわざ来た高校生のこととか思い出します。
 ただこの本は、私たちを攻撃してきた側の人間が書いているわけですが、それほど読んでいて不愉快にもなりません。でも事実は書いておいたほうがいいでしょう。いくつも書く気にはなりませんが。ガス銃の水平撃ちに関してです。

  照準器も施錠もない滑腔・先込め催涙ガス銃では、当てようと思っ
  ても当たるものではない。何千発と発射されたうちの一発がたまた
  ま顔に当たったもので、

 よくまあ、こんな大嘘が書けるものだ。私は屋上で何発か身体にくらっている。最後に逮捕されるときには、目の前1メートルくらいのところから発射した機動隊がいた。ちょうど私の隣にいた学生の右手にあたった。彼とは同じ留置場だったが、中指の骨がつながってなかったといっていた。

 しかしなんにせよ、この著者にはあまり敵意も感じないものですが、やはりなにか私たちのことをあまりに誤解しているところがあるように思います。最後のエピローグ「平成世代との断絶」というところで、湾岸戦争のときあるテレビの深夜番組で全共闘世代と平成世代との討論があり、そこでの私たちの世代の出席者は、口々に現代学生、青年のノンポリぶりや、「ひとり幸福主義」を批判したとあります。これじゃまるで私たちが「今の若いものはなっていない」と愚痴るおっさんみたいですね。

  平成世代の若者はさめた目で先輩たちを眺め、熱弁を聞き流し、
  鼻で笑って反論する。
 「貴方たちをみていると、全共闘時代はよかったなんていいながら、
  居酒屋で酒をのみお互いに傷をなめあっているオジンとしてしか見
  えませんよ」……「いまのボクらにとって大切なことは、アルバイ
  トをして、お金稼いで、いい車買って、楽しくデートすることで、
  デモなんか無意味ですよ」
 と言い放つ。
  心の傷にふれられた全共闘世代は声を荒げて反論する……この互
  いに接点のない不毛の議論は私を悲しくさせた。

 なんでこんなことで悲しくなるのだ。はっきりしていることじゃないか。こういう議論の内容だとしたら、この平成世代の若者のほうがずっとましだ。そしてこの内容だと、この若者たちの方が正しい。だけど私たちの世代って、こんなに質が悪いの。こんなに格好悪いの。私は「酒のんで傷なめあっているオジン」なんていわれたら、それはそれで嬉しくなっちゃうけどな。
 私たちの世代の時も、この若者たちの時も別にそれはそれで等価値ですよ。
  だけど私はなんせ私たちの時代は面白かったのです。だからいまも酒飲んでたのしく「傷なめあっているんです」よ。
 どうもこの著者は私たちを尊敬しすぎているように思います。私たちが私たち自身の誤りについてちゃんと総括していないから、このような「政治的無関心」「自分の命と幸福が最大の価値と考える」世代が生まれたのだという。もしそうだとしたら、それはきわめて私たちはいいことをしたものだと思います。私はたしかに私たちの世代があの時代も今もまだちゃんと総括できてはいないと思っています。しかし、今の「自分の命と幸福が最大の価値と考える」世代がでてきたのが、私たちのせいだとしたら、そしてそれは私も間違いないことだと思っていますが、やはりあの時代を闘ったことは良かったと心から思っています。

 でもいろいろ知らなかったことがありました。とくに私に関係したところでは、安田講堂の上にきたヘリコプターにパチンコを撃ってそれが効果あったというのを、これで初めて知りました。あんなの全然効果ないとばかり思っていましたが。私は嬉しくなって、ニューヨークにいる親友に早速「おいあのときのパチンコも無駄じゃなかったんだ」と電話してしまいました。

  透明なプラスティックのヘリコプターの風防にパチンコ玉がカチ
 ン、カチンとあたり、ひびが入る。
 「宇田川代理、危険です。退避します」
 

 実に24年目にして知る楽しいことでした。

 それから、昨日詳細に見ていて、「やっぱりそうだ」ということがあります。この本の最初のグラビアで「火炎ビンを投下する学生。典型的な“ゲバ・スタイル”」という写真の学生は、24年前の周です。(1993.04.08)