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11012108書  名 仰天・平成元年の空手チョップ
著  者 夢枕獏
発行所 集英社

 これは、プロレスファンなら誰でもが見たい試合がおこわれたというSFです。その試合とは、力道山対前田日明です。そしてその試合の前座にジャイアント馬場対アントニオ猪木が組まれています。

 どうして昭和39年に亡くなった力道山と前田が試合なんかできるのでしょうか。それはこれが夢枕獏の描くSF小説だからなのです。平成2年8月13日東京ドームにてこの試合が開かれます。死んではいなかった力道山は、このとき39歳という設定です。
 この本は内容が全くの架空の話でありながら、登場するプロレスラーはすべて実名です。ここまで書いてもいいのかななどと心配にもなります。

  悪意はさらさらなく、ただただ、わたくしにとっての夢のプロ
 レス状況というものを、正直に、受けをねらいつつ書いていった
 ものでございます。嫌いなプロレスラーひとりもなし。
                      (「あとがき」)

 そうです。全編を通じて著者のプロレスならびにプロレスラーへの愛と夢を感じてしまいます。

 それにしてもまず馬場と猪木の関係に関しては見事に書いてあります。

  もし、G・馬場という人物がいなかったら、猪木は東京プロレ
 スをやらなかったでしょう。馬場に挑戦はもちろん出来ません。
 新日本プロレスを始めなかったでしょうし、モハメッド・アリの
 みならず、異種格闘技戦をやったりもしません。IWGPもなかっ
 たことでしょう。
  つまり…………。
 「現在のおれ、アントニオ猪木という男はいないことになる」
  そう、猪木はつぶやきました。
  これまでのあれもこれも、結局、つまるところ、おれの人生と
 いうのは、“G・馬場よりもA・猪木の方が上である”
  それを世間に、いいえ、自分に証明しようとするはてしない過
 程であったのではないか。
       (「7.アントニオ猪木、ついに決心すること」)

 「馬場さん。次は我々が闘う番です」
  と、そんなことを言われていまったこともありました。
 「よし、やろう」
  とは、言いましたが、あれはファンへのリップサービスです。
  実際にやれるわけがないのは、猪木も充分に承知しているはず
 でございます。それをあえて、やろうというのは猪木のスタンド
 プレーでございます。
  昔から、目立つことには努力を惜しまないやつだったな………。
  猪木がやろうと言っても、できないと正直に言うしかありませ
 ん。自分までが猪木に合わせてやろうといったら、たいへんなこ
 とになってしまいます。
  試合前にクリアしておくべきことが無数にあるのでございます。
  だからできないというのですね。
  言うなれば、猪木に、無理やり“できない”と言わせられてい
 るのと同じでございます。
        (「8.ジャイアント馬場、長い默考のこと」)

 これは今では誰しもが到達している常識的なことなわけですが、かなりこの二人のプロレスラーの関係を簡潔にいいあらわしていると思います。やはり力道山亡きあと、今日に至るまで、この二人によって日本のプロレスが回ってきたのは間違いないのです。

 このSFでもこの二人はやがて闘うことを決意し、闘いの準備に入ります。そして実際の試合の場面もあるのですが、かなり愉しくかつ綿密に読んでいくことができます。
 しかし本来メインイベントである、力道山と前田の関係は、どうしてもうまく描けていません。どうしてもやはり無理があるのですね。ひとついいシーンと思ったのは、試合の前日に前田のUWF道場に天龍がやってきます。天龍はなんとしても前田に力道山には負けてほしくなく、力道山と同じ力士出身のレスラーとして、相撲のガチンコの技を教えにくるのです。ここのところは、かなり天龍の性格なりをよく描いていると思います。ちょっと感動してしまうところです。
 あとの鶴田、藤波、長州らの扱いは少々乱暴です。致し方ないのかなというところもあるのですが。

 さて当日の試合会場の最初からなかなか楽しめます。なんと、馬場-猪木戦の前に大仁田-タイガーマスク(初代佐山サトル)の試合が飛び入りで組まれます。
 そして試合当日は実に全てが愉しいのです。

  おお、ゲスト席の、遥か後方には、自費で入場されたらしい、
 門茂男氏の姿もございます。      (「神々の宴のこと」)

 こんなどうでもいいような1行だけでも、プロレスファンはにやりとしてしまうのです。
 馬場-猪木戦のリングアナウンサーがラッシャー木村、レフェリーは鉄人ルーテーズと神様カールゴッチ。だがルーテーズはこの試合のレフェリーは元国際プロレスの吉原だといいます。もちろん吉原はもうこの時点で亡くなっていますから、かわりに力道山がレフェリーを務めることになります。そのほか大変に愉しい演出が用意されています。

 力道山と前田の試合は馬場-猪木戦よりはどうしても迫力にかけます。レフェリーに木村政彦がなるという設定もどうにも無理があります。木村の遺恨は力道山亡きあともあまりいい形ではなく残っているように私には思えるものですから。

 さて、試合終って力道山はまた帰っていきます。帰って行く先は、過去ではなく、またプロレスの未来の世界なのかもしれません。結局これだけの愉しいプロレスのイベントは力道山でなければできないということも残念な結論としてもあるように思います。(1993.05.01)