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11020304書 名 さあ、気ちがいになりなさい
著 者 フレドリック・ブラウン
訳 者 星新一
発行所 早川書房「異色作家短編集7」より

 この小説を紹介したいと思ったときに、この小説名に困りました。さてこれはこのまま書いてしまっていいのかなと思ったのです。でもこうして本の題名に書かれているわけであり、そのままでいこうと決意しました。本来は私の姿勢が問われるわけですから。

 さてこの「短編集7」には全部で12のブラウンの短編が収録されています。なかでもこの「さあ、きちがいになりなさい」がいちばん迫力がありました。

 主人公ジョージ・ヴァインは、3年前に事故にあいそれ以来記憶喪失になっています。実は自分はナポレオン・ボナパルトだったのですが、1796年イタリア戦線のローディのテントで眠りについたところで、記憶がとまっています。1944年のイギリスでジョージ・ヴァインという新聞記者としてめざめさせられました。だがそのヴァインとしての記憶はまったくありません。これを偏執狂というらしいです。だが、彼は英語は喋れるし、英文タイプも打てる。しかも実のナポレオンが1821年に亡くなったことも知っている。彼はその矛盾が説明できません。彼は気が狂いそうになる。わけが分からないからです。
 そして彼は精神病院で治療を受けます。そして本当に気が狂ってしまいます。今度は自分のことを完全にジョージ・ヴァインと思い込む偏執狂になる。彼は1年後退院し、普通の生活になります。すなわちこれで生涯幸わせに生きることとなるわけです。
 だが彼は本当にナポレオンだったのです。それが正常でした。気が狂るって、あたらしくイギリス人の新聞記者という妄想で生きていることになるのです。
 いったいこれは何なのでしょうか。私たちの回りでもさまざま見かけることがあります。どうみても、誇大妄想としてしか思えない人はたくさんいます。自分で気づいていないのだから、回りはやっかいです。
 男性の場合は、自分がいかに能力がある人間かという妄想が多く、女性は、いかに自分が男性に慕われる存在だが、自分は避けているのだという妄想が多いですね。話をするたびにこちらは困惑し、適当にごまかすしかありません。だがひょつとしたら、それは本当なのかもしれません。彼、彼女の脳裏には自分が認められていた真実の時代の記憶しかないのです。だから彼、彼女は本当に能力ある、魅力あふれるひとたちだが、それを妄想としてしか受けとられないため、いらだつことになります。いつまでもすれちがいなのですが、だからこそ、この小説の主人公のように早く自分の枠の姿に偏執すれば、表面的には幸福といえるようになるのかもしれません。それも妄想だとしても、まだましといえるでしょう。

 この小説を読んで私も思い出したことがあります。私も大学3年のとき、ある精神病院の看守のアルバイトをやったことあります。白衣着て鍵をがちゃがちゃさせて、締めたり開けたりして、なんだか変な気持ちでした。というのは、私は東大闘争で長く拘置され、出てきたばかりで、今度は逆の立場だったものですから。まあ普段は手錠とか、腰縄とかはない世界ですがね。ただ、ここは刑務所とちがって、期限がないのですね。いつになったら出られるのかというのがわからないのです。刑務所と同じなのは、いったん回復して退院しても8割くらいがまた再入院してくるということでした。最初注意されたのは、患者に住所を聞かれても、教えないことといわれました。手紙は当たり前ですけど、制限されているわけじゃないから、出すところがないので、住所知ると、どんどん出しちゃうんですね。同じアルバイトで、郵便受けがいっぱいになった友人がいました。
 患者はかなり優秀なひとがいました。私のことすぐ学生運動やっていると見抜いて、さまざま論争しかけてくるひとがいました。また旧軍隊の思いの中で今も生きているおじいさんもいました。だけど圧巻だったのは、食堂でも病室でもいつも顔をまっすぐあげて、ゆるやかに歩く30代の男性でした。聞くとなんと「私はロシアの皇太子である」といいます。私は唖然としました。考えてみれば、ロマノフ王朝の末裔が白系ロシア人の群の中で日本に来ていても不思儀はないのかもしれません。あのひとはいまもあそこにいるのでしょうか。それとも、日本の一市民としての妄想にとりつかれ、退院したでしょうか。
 私はここのアルバイトが気にいったのですが、長く続きませんでした。69年の12月10日、ここのアルバイトは夜勤でしたから、あくびをかきながら、そのまま私は、埼大闘争での6・12事件の最初の公判を見にいきました。私が府中刑務所に勾留されているときだったので、私は参加できなかった闘争です。ひさしぶりに、拘留中のためながく会っていない友人の被告たちにも会いたかった。それで午後1時から5時までかかりました。
 だがどうしてか、新聞記者がいっぱい。裁判所の外には機動隊。みんなでスクラム組んで、外にでたところ、ストロボがたかれ、私は逮捕されました。実はまた別な件があったのです。私は「あーあ、今度は長えだろうな」と思いました。私はパトカー乗ると、すぐ眠りはじめました。だって眠っていないんだから。私はなにか聞かれたら「私は北一輝だ」と答えやろうと思っていたのですが、眠くて眠くて。やがて随分たったあと、ついたあたりで、「ここはどこだ」「朝霞だよ、知っているだろう」といわれて、北一輝のことすっかり忘れて、思わず「ああ、野戦病院がある、昔来たことある(野戦病院撤去闘争に)」なんて言っちゃって、最初のけっさくな計画は挫折してしまいました。
 この小説読んで、こんなことさまざま思いだしました。(1998.11.01)