2017061309 中国のさまざまな歴史や思想を考えるときに、私が参考にしてきたのが郭沫若です。その郭沫若の本の紹介です。

書  名 十批判書−中国古代の思想家たち−
著  者 郭沫若
訳  者 野原四郎、佐藤武敏、上原淳道
発行所 岩波書店

私のハンドル名の「周」というのは、もちろん名前の周二からきているのですが、もうひとつ私は中国の周という国の時代が割と好きなのです。この国は封建制の時代といわれます。私はこの「封建時代」というのも好きなのです。もっともいわゆるマスクス主義講座派だのが言う「封建制」とはかなり違う点があるわけですが。

    むかしは夏殷周の三代を封建制といって、秦以降の郡県制と区
  別し、これが絶対不易の歴史事実と見られ、これまで疑われたこ
  ともなく、また疑ってはならないものでもあったが、近年来封建
  制に新しい意味が与えられるに至って三代が封建制であるという
  説にも動揺を生じた。
    しかし、むかし言われた「封建」とは「諸侯を封じ、藩衛を建
  つ」ることであり、かりにこのような意味で三代あるいは少なく
  とも周代は「封建制」であるというなら、それは勿論そう言える
  わけである。
(「古代研究の自己批判−いわゆる『封建制』について」)

一応誤解されないようにいっておけば、郭沫若は殷周時代が奴隷制時代であり、そののちの封建制時代への大きな転換期がこの「十批判書」が書いている春秋戦国時代にあたるのだという主張をしています。
中国の歴史書、文学、思想にしても、その古典そのものを読むことはあっても、それらを中国人自身が書いた解説書を読むことなどほとんどありませんでした。そうした中では私が例外的に何度か読み返してきた本がこの「十批判書」です。
著者の郭沫若はこれを抗日戦争の末期に重慶近郊で書き続け、一九四五年五月最初に出版したものです。十批判書とは、次の内容です。

一 古代研究の自己批判
二 孔・墨の批判
三 儒家八派の批判
四 稷下の黄老學派の批判
五 荘子の批判
六 荀子の批判
七 名辯思潮の批判
八 前期法家の批判
九 韓非子の批判
十 呂不韋と秦王政との批判

こうして中国古代の思想家たちのほぼすべてが扱われています。扱われていないのは、兵家の孫子くらいなものでしょうか。
現代中国では、この古代思想家たちの時代、いわゆる諸子百家の中の対立の軸は、奴隷の持主である貴族階級を代表する儒家と、新興の地主封建階級を代表する法家の対立であったとしています。
酒見賢一という作家の書いた「墨攻」という小説がありますが、あの物語の題名が「墨守」ではなく、「墨が攻める」というのは深い意味を持っています。あの中で主役墨擢の徒は戦いに敗北しますが、では墨子そのものの墨家はどうなったのだろうというのが、実はあの小説の中の一番のテーマだと私は思っています。
墨家こそは、実は消滅したのではなく、法家の流れの中に組み込まれたと考えられると思うのです。それが酒見賢一の解釈であると思います。
そうしてやはりこの時代を統一した秦と始皇帝が現代中国では讃えられるのでしょう。
さてこの批判書の中で一番興味深かく、かつ内容としても一番読みごたえがあると思われるのは、「二 孔・墨の批判」です。
一般に孔子を始めとする儒家は支配階級の国家護持の思想であり、墨家は、それに対して、「非攻」「兼愛」を唱える戦闘的平和主義者であることが、今日でも中国において評価されているかと思います。しかし、この郭沫若の批判書を読むと、そうしたことと逆のことが私たちの前に浮んできます。

孔子の基本的立場が当時の社会変革の流れに順応しているもの
である以上、したがってかれの思想もまた評価の標準を獲得して
いると言えよう。大体かれは人民の利益を代表する方向に立って
おり、積極的に文化の力を利用して人民の幸福を増進しようと願っ
ていた。過去の文化に対しては部分的に整理・受容したほか、ま
た部分的に批判・改造して、一つの新しい体系をうち立てて来た
るべき封建社会の紐帯としようと企てた。
(「孔・墨の批判−孔子の思想体系」)

これに対して墨家にはどう言っているでしょうか。

孔子は伝統的な鬼神を否認するが、墨子の方は堅く伝統的な鬼
神を肯定する。この神は、意志をもち、行為をし、自然界と人間
界との一切を主宰しているのである。
お天道さまの存在は地上の王の投影である。大奴隷所有者は地
上の統制者となり、無上の王権を発揮している、かれはこの王権
を強固にするために、それを「タブー」とし、人民が侵犯しない
ようにする。有形の賞罰をふりまわして人の肉体を支配するほか
に、無形の賞罰をつくり出して人の精神を支配しようとする。そ
こで人民のおろかさを利用して、奴隷によってかたちづくられる
人間界のピラミッドにする。人間の王の下には百官や多くの民が
あり、上帝の下には百神やもろもろの鬼がいる。そこで、この世
には斧鉞(のような刑具)があり、あの世には鬼神があることに
なって、王権は二重の保証をうるに至る。墨子は王権が衰微して
しまった時代にまた「天志」を提唱しているが、かれのこのよう
な態度では、どのように弁護してやろうとしても、かれが復古の
側にはなくて革新の側にあるのだとは言いにくいのである。
(「孔・墨の批判−墨子の思想体系」)

このように著者はかなりなことを断言しています。そしてさまざまに墨子を評価する言い方に対して、逐一反論をくわえていきます。そして墨子の「非攻」についても、「かれの非攻(=攻をそしる)とは実際は美攻(=攻をほめる)にほかならない」と言い、非攻とは戦争にほかならないと言っています。また「かれの兼愛は実際には偏愛にほかならない」とも言っています。したがって、墨子は奴隷解放者であり、労農革命の先駆者であり、古代のボルシェビキというのは、

それでは黒い顔の張飛を塗りたくって赤い顔の関羽にしたにす
ぎない。相変らず顔の隈取りを塗っているというだけではなく、
塗りまちがえてさえいるのである。
(「孔・墨の批判−墨子の思想体系」)

というのです。私はこの「十批判書」の「孔・墨の批判」を初めて(昭和44年のとき)読んだときに、どんなに驚いたことでしょうか。そして読み進むうちに、著者のいう主張にうなずいていったものでした。「ここまで言えてしまう中国って、中国共産党ってのは、いいんだな、……でもはたしてどうだろうか」なんて思ったものです。まさしく私の危惧通りに、文化大革命では「批孔批林」(「批孔」の孔子とは実は周恩来のことだったと言われている)ということですから、こんなことを書く郭沫若は激しく自己批判を迫られるわけです。

  あとひとつ印象に残るところを書いてみます。

    もっとも興味あることは、民と臣の字で、古代ではともに目の
象形文字だったのである。臣は竪の目、民は横の目でつきさされ
ている。むかしの人は目を人体のもっとも重要な表象とし、つね
に片目で全頭部、甚だしきは全身を代表させた。竪の目は首をた
れて、命令をきいていることをあらわしている。人が頭をうなだ
れていると、それを側面から見れば、目は竪に立っている。横の
目は命令に逆らい、面と向って直視することである。だからむか
しは『横目の民』(荘子天地篇)と称したのである。目を横にし
てつきさされるのは、おそらく片目を盲にして奴隷のしるしとす
るのであり、だから昔の注解は『民とは盲なり』(賈誼の新書大
政篇下にこれに近い表現が見える)といっている。
      (「古代研究の自己批判−人民の身分の変遷について」)

これを読んだときは、なんども「民」という字と「臣」という字を書いてみました。「民」の字で目を潰した矢はどこの画でしょうか。……しかしもうこれはいくつかの漢和辞典には書いてありますね。

それから、この上下2冊の本なのですが、ちょうど21歳の誕生日に読んだのを思い出しました。どうしても懐かしい本であるわけです。(1993.11.01)

郭沫若は、これを抗日戦争の末期に重慶近郊で書き上げています。長征のあとの延安でも書いていたのではないかな。
郭沫若のことは私は昔から好きでした。その彼が文化大革命のときに批判されて、私はそのときに、もう中国の現状そのものに対して、激しく批判の目を持つようになったものでした。
しかし、国という字ですが、口の中が玉なわけですが、これが王になっているもの、民になっている漢字が存在したこともあとで知ったものです。よく実際に書いてみたものです。でも民が入っている漢字はなんだかうまくデザインできないのを感じたものでした。
それと上に私が21歳の誕生日に、この本を読んだと言っていますが、それはちょうど東大闘争で勾留されていた府中刑務所の独房の中のことでした。(2011.02.07)

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