11021104ゴキブリバッタの問題

 こんな問題があります。ひまなときにでも考えてみてください。

  商品名・ゴキブリバッタと呼ばれる殺虫剤を開発した。それが
  有効か否かを確かめるために、合計四匹のゴキブリを用い、二匹
  のゴキブリにはゴキブリバッタを混ぜた餌を、二匹のゴキブリに
  はゴキブリバッタを混ぜない餌を与える実験を行った。実験結果
  は、ゴキブリバッタを混ぜた餌を与えた二匹のゴキブリは共に死
  に、ゴキブリバッタを混ぜない餌を与えた二匹のゴキブリは共に
  生きていた。

 問 以上のことから、次の三つの可能性が考えられる。
  1.ゴキブリバッタの作用は、ゴキブリに対して有効である。
  2.ゴキブリバッタの作用は、ゴキブリに対して無効である。
  3.ゴキブリバッタの作用は、ゴキブリに対して有効とも無効
      とも言えない。

  あなたは、これら三つの可能性のうち、どれを選ぶか。どれか
  一つを選び、それを選んだ理由を述べよ。どれを選んだかは採点
  の対象としない。

 以上です。すこし考えるだけでも、考えてみてください。模範解答を読むと、これはと思うはずです。(1992.06.10)

ゴキブリバッタの解答例

 ゴキブリバッタの解答例です。この問題は、「1991年度・富山大学理学部入試問題」です。

 作品1 新藤知彦
  三つのうち、その可能性は2である。以下、その理由を述べる。
  まず、この実験者は頭がおかしいにちがいない。たった四匹で
  なにが分かるというのか。何も分かりっこないなどと小学生でも
  分かる。人間が人それぞれ違うように、ゴキブリも十人十色であ
  る。まあ、二匹のゴキブリには利いたかもしれないが、他のゴキ
  ブリに利くとは限らない。となると3の解答が解答が出てくるか
  と思われる。しかし、そうは問屋が卸しはしない。
 「ゴキブリ」、それは絶えず繁殖する。殺しても殺しても、そん
  なことでいなくなることなどありえないのだ。それにもかかわら
  ず、殺虫剤で殺そうとするのはいくらなんでも無謀である。いや、
  そんなこと信じるのは無知というものだ。つまり、たまたま、運
  の悪いゴキブリを殺すことがあるだけの話で、ゴキブリに対して
  無効である。しかし、これだけでは説得力の乏しいようだ。取り
  押さえた数を我々に証拠を残す「ゴキブリホイホイ」の有効性に
  比べたら「ゴキブリバッタ」の有効性は霞のような話になるから
  だ。隠れたところで死んでも 人間には効果が分からないし、ま
  たゴキブリの死骸が台所の片隅から出てくるような殺害方法を現
  代の主婦が好むわけががない。この実験者は自分の策にだけ溺れ、
  消費者心理に無知である。このような商品が売れるわけがないの
  で無効に決っている。

 作品2 野田吉壽
  有効である。
  何故、有効であるのか? それは効果があるからである。現実
  に死んでいるではないか! 薬を与えないときは2匹とも生き続
  けているではないか! しかし、私が有効だといった所以はここ
  にはない。人は何のためにゴキブリの薬を買うのだろうか。家に
  はもう1匹たりともゴキブリはいないと思いたいからなんだ。と
  はいうもののそんなことができるはずない。だとすると人がこの
  薬によって得たいものは気休めの安心感である。
  ゴキゴリホイホイは多分有効である。何故ならその死骸を垣間
  見ることができるからである。が、それを主婦なり、これを使う
  人が望だろうか。ゴキブリを殺す←→ゴキブリの存在を確認する
  薬をまくのか、まかないのか、まくわけがない。だからゴキブリ
  ホイホイなど買う人はもう地球にはいない。だからこそ、全く効
  果のないこの薬が効を奏すのである。ゴキブリを殺す←→効果が
  あるという同値関係を求めている人がいないから、薬としての意
  味がないのである。実のところ、この実験から題意に適する考え
  方を用いて、有効か否かを決定することはできない。何故なら死
  んだゴキブリは餌をたべなかったからだ。

 作品3 金子正幸
  無効である。
  表を見るだけでは、ゴキブリバッタの有効性は一見、明かであ
  る。ゴキブリバッタを食べたことによって2匹のゴキブリが死ん
  だのだから。しかし、これによって売り出すわけにはいかないの
  だ。なぜならば、2匹のゴキブリはゴキブリバッタを食べて死ん
  だのではなく、ゴキブリバッタを食べさせられて死んだのだから。
  食べるべき餌がそれしかない実験室でゴキブリバッタを食べて死
  んだからといってそれが何であろう。ゴキブリの好物が無尽蔵に
  置かれた台所に毒入りの餌を置いたところで誰が目にくれる。人
  間の猿知恵をゴキブリ様に見抜かれるのがオチではないか。

 寸評
 1 以上、三つの作品を紹介したが、まさしく圧巻である。脱帽
    せざるをえない。新藤は、無効論、野田は有効論の対局、しか
    もこの二人ともゴキブリホイホイを例にもちだしたのだから何
    とも面白い。新藤のは、正攻法、野田のは人をはぐらかすレト
    リックの使用。僕も有効論の見地から書こうと思ったが野田の
    を見て負けたと思った。
 2 金子の無効論は新藤とは違って、ゴキブリを中心に据えた正
    攻法の無効論である。君らの発想の自在さには恐れ入る。

 これは「当世駿台生気質」という小野田襄二のまとめた、駿台予備校論文科の生徒たちの文章の一部です。寸評は小野田襄二。これは1992年春の書かれたものです。
 私は、今年の3月末にこれらの浪人生たちと会い一緒に飲みました。彼らは19、20歳というところなのですけれど、けっこう若者もすてたものでもないなという印象を与えてくれます。まだまだ若いですから、融通がきかないのですが、私たちおじさんと話して、なんとかなにかをつかもうという姿勢が感じられます。
 この入試問題に見られるように、いまは昔のようにきまりきったことを訓練したり、覚えただけでは駄目なのです。入試についていえば、出題者の意向を見抜いて、自在な対応が必要とされるのです。現代の企業経営でもそうだと思います。自在に判断行動できる人材が必要なのです。
 だから一見予備校の学習と関係ない、私たちとの接触なんていい体験なのですよ。おじさん(もちろんおばさんもいた)たちって、かれらにとって、信じられないくらいいろんな人がいますからね。
 そして私たちも彼らから、いろんなこと感じとることができるのです。(1992.06.14)