11022506書  名  「超」整理法
著  者  野口悠紀雄
発行所  中公新書
1993年11月25日初版

 この話題になったの本なのですが、最初はどうも手にとる気になれませんでした。著者が日経新聞や雑誌他でいう内容にどうにも納得できないところが多々あるからです。人柄は実に真面目な感じで好感がもてるのですが、今もってもバブル=悪としてしまうところには納得できなかったのです。
 だがやはり私のまわりでも読む人も多く、いろいろと聞かれたりすることがあるわけで、もう読んでしまえとある日購入して、帰宅のときの電車の中で読んでしまいました。一言でいうと、たいへんに読んで良かった、たいへんに内容に感心したというところです。
 私は自分でもかなりさまざまなものを整理してきた方だと思います。私が明確にファイリングというようなことをやってきたのは、大学1年の時からです。そのときから、いろいろとものを整理し、それを利用するということをやってきたのですが、だんだん出会う情報が増えてきて、次第に整理していくのが面倒になってきました。こうした私の「整理」についての歴史の話はまた別に詳しくしたいと思っていますが、ちょうど随分前に出会ったのが、この著書の中にも紹介されている山根一眞さんの整理法です。私は大変に感激し、その方法をすぐさま真似しました。

  山根一眞氏は、封筒に書類などを入れてタイトルの五十音順に
  格納し、タイトルで検索するという方法を提唱している。封筒に
  よるファイリングを行い、本棚に並べるという点では、これは押
  出し方式と同じ外見をしている。また、「内容による分類をしな
  い」という点でも似ている。
  (第1章紙と戦う「超」整理法  2押出しファイリングの実際)

 私は山根方式の信奉者になり、すぐに角2封筒を山根氏のいうとおりに揃えたものです。これは当初かなり成功しました。封筒に五十音順に思い付くままタイトルを命名し、たくさんある資料、メモ等々を放りこみます。これだと何かがあっても、ほんの何十秒かですぐさまほしい資料がとりだせます。これは画期的だなと思いました。
 しかしこの方法では、封筒が増えていくだけです。よく使う資料の封筒はボロボロになり、使わないのはそのままです。もう使わない資料は棄てたいのですが、それには総てを点検しなければなりません。それと私は厳格に山根式を守っていたために、封筒にタイトルつける枠をサインペン(これも山根さん推薦のペンテルのサインペンを使った)で書くことなどもきちんとやっていました。この手間も馬鹿にならないのです。やがて何年もたつと、この封筒以外にもあちこちに資料があふれだしました。整理していらないものを棄てたいのですが、やっている時間はありません。山根氏はこうした資料の整理処分は十年に一度やるとのことです。あまり現実的ではありませんね。

 そうしてだんだん資料があふれ、みつかりにくくなり、結局自分の記憶にたよることが多くなるというころ、私はコンピュータ、とくにパソコンと出会いました。そして、ハードディスクを導入し、管理ソフトである「FD」を使いだしたときから、これはなんていいな、なんて便利なのだろうと思ったわけです。だからもうかたっぱしからハードディスクに何でも入れてしまいました。最初買った130メガのハードは約1か月で満杯というありさまでした。
 とくに、ハード内のファイルをアルファベット順でも、時間順でも、拡張子順でも自在にソートできるのがいいのです。これですぐに検索することができます。とくにこの中ではやはり時間順に並べるのが、なんでもとにかく便利だなときずきました。

 しかし、問題はパソコンに入るファイルばかりではありません。山根式の封筒に入っている資料もあれば、大きなレターケースに入っているもの、机の中に入っているもの、それこそもう山のようにあります。棄てられるものを処分すればいいのでしょうが、そんな時間が作り出せません。そんなときに巷ではやっているとかいう、この本の整理法の話をあちこちでききました。私は最初に書きましたように、この著者に反感を持っていましたので、「時間で管理するなんて、俺だってとっくに気づいてら」なんてところがあり、今まで無視していました。だが、こうしてやっと読んでみて、まさしく目からうろこがとれた感じです。
 著者のいう整理法とは、いままでのように分類することをやめなさいということです。ちょうど図書館のように整然と分類するのは、個人では大変な徒労なのです。図書館のような分類の基準を個々人が作らなければなりません。とくに今の情報は図書の分類法のような訳にはいきません。図書館だって、私たちが目指す本を探すのがむづかしいほど、分類が面倒になっています。例えばある図書館では、吉本(吉本隆明)さんの本が、文芸欄の日本の文学者の五十音順のところと、評論のコーナーと、また政治思想のところに分けられているところがあります。これなどは、著者がいう、こうもり問題(どの項目に入れたらいいか悩む)と指摘しているところだと思います。

 では分類しないでどう整理するのかというのが、この著者のいう、押出しファイリング−「超」整理法なのです。これだと、あふれかえっていた情報の山が「魔法のように片付く」というのです。

  まず、本棚に一定の区画を確保する。多分本が詰まっているだ
  ろうから、どける。そして、角型二号の封筒を大量に用意する。
  それから、マジックなどの筆記用具。準備は、これだけである。
  さて、机の上に散らばっている書類などを、ひとまとりごとに
  封筒に入れる。このまとまりを、「ファイル」と呼ぶことにする。
  封筒裏面の右肩に日付の内容を書く。封筒を縦にして、内容のい
  かんにかかわらず、本棚の左端から順に並べていく。これで終り
  である。
 (中略)
  以後、新たに到着した資料や書類は、同じように封筒に入れて、
  本棚の左棚に入れる。取り出して使ったものは、左端に戻す。こ
  のような作業を続けていくと、使わないファイルは、次第に右に
  「押出されて」いく。端に来たものは使わなかったものなので、
  不要である確率が高い。そこで確かめた上で捨てる。
(第1章紙と戦う「超」整理法  1押出しファイリングの基本思想)

 これが、「超」整理法の実際のやりかたです。この時間軸ということが大事なのです。これはパソコンでのファイルの時間による整理と同じことです。
 山根方式を永年実施して、しかもパソコンの情報蓄積検索能力を目のあたりに見ていた私には、まったく感動の整理法です。

 この「分類しない」「時間軸」「パソコンを活用する」というのが、この「超」整理法の核であるといっていいかと思います。いつもたくさんの情報の整理で苦労されている方で、パソコンを使っている方なら、多分この著者のいう方法に充分納得できるのではと思います。
 私はすぐにこの方式に改めました。この時間軸で角2封筒に収納するという方法はこれから長くやっていくでしょうが、パソコンはこの著者がこの著書を書いた時点よりさらに性能がアップしています。著者が、「ここまでできたらな」と書いていることも、もう実現できている、もうすぐ実現するということが多々あります。私はもっと、もっと情報の収集整理はやりやすくなりそうだなと思っているところです。(1993.12.01)