11031001 安保闘争の戦士たちは多く沈黙している。もっとも多く沈黙しているのは「死者」たちである。もっとも多く喋り、しかも、もっとも情報的にしゃべっているものは何であるのか。そして、もっとも多く弁解しながら、もっとも多くたたかわないのは何であるのか。苛酷な思想闘争の現実のなかで、撓やかな鋼のようなこころで自らの思想を屹立しえないものは何なのか。敗退と挫折の認識が情況の本源の奪取への思想的なたたかいとならず、安価な反射運動と安価な内向運動へと外れてしまむ所以は何なのか。もちろん全情況の挫折を認識しないのほほん者は論外である。
 わたしたちは追及し、唯一のか細い道を照らさねばならないし、それをわたしたちのみがするだろう。

「”終焉”以後」1962.10「試行」6号に掲載 「模写と鏡」1964.12.5発行に収録された

 60年安保の先輩たちも、私たちの時代も同じように思える。闘いもしなかった連中ほどしゃしゃりでてきて、嫌になるような空疎な言葉を連ねる。吉本さんがここにかかれたこととまったく同じ貌の連中はまったく同じように出てきたものである。だが私は今もそうしたことを忘れない。そして私たちがやらなければ、「もっとも沈黙している死者」たちを鎮魂することにならないのだ。