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11032110  中国の古典を読むと、中国の古い国が出てきます。一般的に殷王朝が一番古代の国であったとされますが、その前に夏(か)という国があり、その最初の帝が禹(う)であり、その前の帝が舜(しゅん)で、その前が堯(ぎょう)という帝でした。それぞれ、自分の息子ではない帝に、治世を任せました。ここまではいわゆる神話の世界でした。
 だが禹は自分の子である啓(けい)に帝の位を継ぎました。この啓も優秀と見られる人でした。このときから、夏という王朝が始まります。
 この夏王朝は、紀元前2070年頃〜紀元前1600年頃まで、約470年続いたと言われ、今では、実在した王朝ではないかと言われているようになってきました。
 この王朝が、最初の帝は禹であり、17代の最後の帝が桀(けつ)王という帝でした。この傑が、山東半島の有施氏を討ったときに、この有施氏から献上されたとされる美女がこの末喜(ばっき)でした。彼女は絹を裂く音を好んだために、多くの絹が集められました。また彼女のために祝宴では池に酒を満たして樹々に肉を吊るすことが行われ、もはや傑王は政治をまともにやりませんでした。
 ために、商(殷)の湯王に桀王は滅ぼされます。南方に末喜と逃げて、そこで二人とも亡くなったと言われています。(2011.03.22)