さまざまな刺激
  吉本隆明対談集
  1986.5.25 青土社 1,600円
  「いま」という無意識の方途  磯崎 新 吉本隆明
    起承転結の無きがよろし
    キアにもステラにも生命曲線
    「いま」という深層の処理法
    デスペレイトでセミヌード
    手法が……解体の極地
    いま、重いのはダメ
 11032201 自己表現としての少女マンガ  萩尾望都 吉本隆明
    SF映画
    自己表現としての少女マンガ
    同性愛あるいはエロス的な世界
    健康な作品『ケーキ ケーキ ケーキ』
    作家と作品の関係
    マンガは現実逃避か
    時間の使い方
    良い子・悪い子・普通の子
    少女マンガの活性化
    世界最後の人間になったら、人に見せられないマンガをかく
  アニメーション、いま新しい段階へ  りんたろう 吉本隆明
    アニメーションの可能性
    『幻魔大戦』の独自性
    劇映画を超え得るもの
    人間の混沌の表現
    映像と人間の心臓との関係
    イメージの開放について
  「見る」ことの関係をめぐって  伊藤俊治 吉本隆明
    鏡像の固定化と写真を見る場所
    意識の“暗箱”と無意識
    写真を論ずることのスタイル
    都市の無意識と写真の無意識
    自己差異とマス・イメージ
    写真の関係の同一化
    現実空間とスタジオ空間
    電気装置と夢・記憶・映像
    撮る者としての意識の遮断
    父への性的怨恨と真空乾燥
    「保留」と写真という表現の死
  「枠組」の見えてしまった若者たち  川本三郎 吉本隆明
    <アングラ>から<クラック>へ
    解体というドラマ
    同一性の視野
    日常の中の<死>
    CMによる転換
  批評の言葉はどこまで届くか  浦 達也 吉本隆明
    『マス・イメージ論』をめぐって
    啓蒙的な言葉は使わない
    現在版の『共同幻想論』
    テレビ制作者は医者と同じか
    現実プラス・アルファの恐怖
    三浦報道は犯罪か
    サブ・カルチャーへの視線
    糸井重里と『YOU』
    大衆の原像・たけしと欽ちゃん
    サブ・カルチャーとアカデミズム
    比叡山を下りた栗本慎一郎
    現代文明は悪か
  「精神の体重」をもった恐竜はどこへ行く  寺本 英 吉本隆明
    ダーウィンとメンデルとマルサス
    生物は「変わるべくして変わる」のか?
    マクロな生物学へ
    戦争が自分の行き方をこわしてしまった
    生産者としての生物と消費者としての生物
    消費するものとしての人間社会
    無償の贈与と生物の社会
    生物の死亡戦略
    ソシオバイオロジーと集団遺伝学
    セルフィッシュ・ジーン・セオリー
    生物の合目的性とは
    遺伝子ゲームを超えた人間の意志
    人間はn個の性を持っているか
    ペアと共同性と個体と
    個体発生と形態形成の不思議
    器官なき身体
    精神病者の身体異常
    自然科学は図式化を超えられるか
    エネルギーの恐竜は人間の自然力の延長
    精神の体重は減らせない
    境界線が見えてくる予感
    TVに見られる情報の過剰集約
    過去には戻れない
    反原発への疑問
    解決は人間が必ず見つける
  あとがき  吉本隆明