2011年03月28日

オデュッセウスの愛した女、ペーネロペー

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11032719  トロイア戦争がギリシア側の勝利で終わり、勝利したギシリア側の英雄たちは帰国するのですが、それぞれにはみないくつもの帰国物語があります。その最大のものが、このオデュッセウスが大変に苦労して海上をさまよい、もう夫は死んだものとしてたくさんの求愛者が来る中、苦心してそれを妻が排除している中にこの夫が帰ってくるのが、『オデュッセイア』です。
 このオデュッセウスの故郷の島がイタケーで、アドリア海の小さな島です。私は昔沖縄で働いていたときに、いつも休みの日にいくつか訪れたりする小さな島を、このイタケ島のようなものなのかなあ、と思っていたものです。おそらくは、ギリシア文明の最初のミケーネ時代にはけっこう栄えた島だったのでしょう。
 私は『イーリアス』は中学2年のときに読み、『オデュッセイア』は高校2年で読んだものでした。『イーリアス』は呉茂一の訳で、『オデュッセイア』は高津春繁の訳で読んだものでした。
 私はどうにも、このオデュッセウスという英雄が好きになれませんでした。トロイアを木馬の計で陥落させるなど、どうしても策略ばかりの英雄だと思われます。私には好きになれない人物なのです。
 だが、この妻のペーネロペーは実に好きになれます。あ、こんないい奥さんがいるんだ、ひょっとしたらオデュッセウスもいい奴なのかもしれないなあ、と思ったものでした。(2011.03.28)


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1. ホメロスの世界 7/8〜漂流地はどこか?  [ 投資一族のブログ ]   2012年07月11日 21:12
オデュッセイアが成立した前後の、ギリシア人の西方への進出について、簡単に述べておこう。紀元前8世紀中頃から2世紀間は、ギリシア人の植民活動の時代であり、西方にも多くの植民市が建設された。たとえば、シケリア(シチリア)島のシュラクサイは734年に建設され、マッサリ

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