201704030711041605  平清盛は、1118年(元永元)〜1181年(治承5)3月20日の生涯でした。亡くなったのは64歳でしたから、当時としては長命だったものでした。私は「吉川英治『新平家物語』」で、この清盛がよく泣くことが好きだったことが書いてあります。
この小説は主人公が平清盛、木曽義仲、源義経の3人です。実に私の好きな作品です。
その清盛は、義経の母親である常磐御前を見染めてしまうのです。
常磐御前は1138(保延4年)の生まれで、亡くなった年は判っていません。源義朝の愛妾でした。二人の間には、今若、乙若、牛若の3人の子がいます。最後の牛若が源義経です。だが、平治の乱で義朝は平清盛に敗れます。関東の強力な武士団を率いていた義朝のほうが勝って当然なはずなのですが、はっきり言って義朝には、運も能力もなかったのだと思います。
ただ、源義朝が敗れるときに、この常磐御前も幼い3人の男の子を連れて清盛の愛妾になります。彼女の助命の願いがかなったのか、この3人は助けられます。でも同時に頼朝の命も助かりますから、のちの鎌倉幕府を作った源頼朝のように、悪辣ではなかったのがこの清盛だったと思いますね。
常磐御前と清盛の間には、女の子ができます。この子は廊御方といい、清盛の八女でした。のちに壇ノ浦の戦いで、源氏の捕虜になります。その後は不明です。
そもそも、常磐御前のその後も判っていないのです。(2011.04.17)

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