2017050803 山本有三は1887年7月27日〜1974年1月11日の生涯でした。私は中2の5月に読んでいる作品です。同じ月に『波』『風』『真実一路』を読んでいます。どの作品も好きになれなかった思いがあります。だがどうやらこの作品を思い出しました。
  でも何年か前に家族4人で三鷹市の「三鷹の森ジブリ美術館」へ行ったときに、駅から玉川上水のそばを歩くときに、「山本有三記念館」を見て、そのときに遥かな昔に読んだいくつかの作品を思い出しました。

でもこの作品は非常に辛い内容ばかりです。そして未完だったと思い出しました。なんでこんな辛い作品を書くのでしょうか。私は嫌になるばかりです。
そもそも題名も嫌いです。たし11042802か、私のそばに、私は1年くらい前にたまたま柳田公園の入り口に落ちていた石を拾ってありましたが、今見るとまたありました。いつも捨てようかと迷っています。また同じ場所に捨てるべきかなあ。
想い出せば、Niftyのある会議室に「路傍の小石」さんという昭和一桁の女性がいましたね。日露戦争のポーツマス条約のことで、マッカーサー元帥のお父さんの話(彼はこのときは取材する新聞記者)をしたものでしたね。靖国神社の修猷館にも行ったものでした。
この作品の主人公愛川吾一は辛い人生を送っています。これを読んで、読んでいる私たちにも辛い境遇にも負けないで頑張れといいたいのかな。いやそうは思えません。だから作者はそのまま書き続けることができなかったのでしょうね。

なんとなく、こんな暗い辛い小説を少年に読ませるというのは、ただただよくないなあとしか思えません。
山本有三は、久米正夫の「破船」事件のときには、久米に対して誹謗中傷する怪文を送りつけました。これでは吾一は永遠に救われません。そのことだけを思います。私が中2のあとはこの著者の作品は一つも読んでいません。(2011.04.28)

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