2018010103

書  名 成熟できない若者たち
著  者 町沢静夫
発行所 講談社

11042817 この本は真夜中に目をこすりながら、どうやら読み終えたものでした。どうも読むのにつらく考え込んでしまうことが何度もありました。
著者の紹介欄には、「精神科医・心理学者。国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健研究室長」とあります。
1988年から89年にかけて、連続幼女殺人事件と女子高校生コンクリート詰め殺人事件がありました。

私自身、この二つの大きな事件を知ったとき、残念ながら、そ
れまでに多くの現代青年から受けてきたイメージとそれほど大き
なずれを感じなかった。  (序章「二つの事件と青年たち」)

そして、この精神科医としての著者のところにくる青年たちの症例がいくつも挙げられています。
「昔俺もそうだった」「俺らのときだって、不良もいれば、登校拒否児もいた」「おとなになれば直るさ」ってなことではけっしてないのです。私たちの青少年のときとは、大きくなにかが違うのです。

日本では、欧米に多くみられるエディプス葛藤(母をめぐって
父と争う葛藤)はあまりみられない。子供は、生まれた時から母
親が死ぬまで、父親と争うことなく母親を独占できることが多い。
この傾向はますます強くなっているように思われる。母と子の蜜
月期間は延びるばかりである。子供は大人にとっての宝であり、
王子様であり、王女様であり、したがって母親や父親のほうがあ
たかも召使のようになってしまっていることが時にみられるもの
である。多くは父親が家庭での地位が一番低い、それは父親の収
入いかんにかかわらず、である。そのため、青年は社会に出ると
きになって初めて、自分がいかに母親に依存していたかを知るこ
とになる。知ってそれを改善できる力を獲得する道が遠くなって
しまっている人もいる。そのため社会へでる寸前で、何もせず無
為にたたずんでしまう青年もきわめて多いように思われる。

たしかに日本では、父親ってかげが薄いなって思います。この本に「日米中の父親比較」という、3国の子供が父親とどの程度はなしをするのかという調査なのです。それによると、父親と「あまり話さない」「ぜんぜんはなさない」をふくめて53.2%、米24.9%、中22.8%。米中は同じようなものですが、日本はあまり父親との会話がないようです。これは私のところへ遊びに来る娘たちのともだちの話とほぼ一致しています。彼女たちの話だと、小学校5年生くらいから、父親とは「ぜんぜん親しく口をきけない」し、「ほとんど話したことない」そうなのです。
この本の最後の章が吉本(吉本隆明)さんとの対談になっています。そのなかで吉本さんは

宮崎という人が殺した子の遺族に送った手紙を見ると、今田勇
子という名前でやっていますね。あれは母親の物語をつくってい
ると感じました。自分は石女(うまずめ)で、子供がほしいので
そうしたんだということとか、自分の子供は生まれてすぐに死ん
じゃって、その死んだ子は天国にいるから、それに対していい友
達がほしいという母親の切実な願いで、こうしたんだという物語
をつくっているんじゃないでしょうか。僕は、母親の物語をつくっ
たことは、とても重要なことに思います。つまり、本当ならば自
分が母親からつくってもらいたかった物語をその中にいくぶんか
でも入れて、物語を作ったみたいに思えるんです。

と述べています。この事件を異常性愛によるというような論調が多かったように思いますが、この吉本さんの見解は、この町田静夫の展開しているおおくの青年の症例からみると当っているのではないかと思うのです。
いやもちろん著者は結論をだしているわけではありません。吉本さんには、一貫した結論があるように感じますが。ただ私はこれで、登校拒否の問題とか、電車や街で出会うさまざまな青少年たちの姿を考えました。それらのことまたあらためて展開したいものです。
とにかく家庭での母親、父親の姿・存在って大事なんだなと思います。(1998.11.01)

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