江戸の女は全てがソウでないが、とにかく、感情が豊かだ。あ
 る人は、それを「子供っぽい」という。けれど、子供のあどけな
 さとは、どこか違う。もっと、したたかだし、いざとなれば、男
 が顔色を失う位に大胆である。直情的かといえば、ひどく婉曲的
 な表現を好む。ウブではない清純ではない。けれどすれっからし
 でもなく不良でもない。(文化三年六月一日<曇り>両国薬研堀)

11050814 テレビで杉浦日向子を見ていると、こうした文章がそのままあてはまる女性のように思えてしまいます。

書 名  江戸アルキ帖
著 者  杉浦日向子
発行所  新潮文庫
「サンデー毎日」1985年7月28日号より1988年1月31日号まで連載

 これで私ははじめて彼女の文と絵に出会いました。毎週日曜日にタイムマシンで江戸の町を尋ねるという内容で、行ったところについての文と彼女のカラーのスケッチから出来ている本です。江戸の町をどこもほとんど歩いているといいたいのですが、実際には江戸の下町のみを歩いていて、いわゆる山の手には少しも寄っていません。ちょうど彼女の歩いたところが、地図の上に描いていけるような気になってきます。彼女自身東京の下町の出身で、山の手から西南の方はほとんど知らないのだろうと思ってしまいます。
 最初紹介したところと同じところにある文章です。

  江戸の娘とは性(しょう)が合う。合うといっても、相手方の
 意見を聞いた訳じゃないから、正確には、江戸の娘の性が好きだ、
 というべきだろう。
  見る間にころころと表情が変る。ことらが怪訝な顔付きをすれ
 ば、向うも眉をひそめる。こちらが声を掛けると、ハイと振り向
 いた時には微笑んでいる。他人(ひと)から悲しい噂を聞けば、
 たちまち瞳をうるませ、からかわれれば両頬をぷうっとふくらま
 せる。マア、そのめまぐるしいこと、まるで小鳥である。

 こうした江戸の娘たちに、著者はタイムマシンで会ったわけではなく、現実に毎日のように顔を会わせていたのだなと思ってしまいます。私もほんのたまに下町のほうのお祭りのときなどに、こんな感じなのだろなという少女たちを見かけることが出来るように思います。
 江戸の時代、江戸の庶民の時代とはそんなに遠いことではなく、いまでも東京のどこかにあちこち潜んでいるんだろうなと思えてきます。そうした今の残っている江戸がこの著者は大変に好きであり、かつそれをこうした絵と文にできるのだろうと思います。
 ただ私が不満なのは、江戸の時代にタイムマシン旅行するとしたら、当時の食べ物や着るものや、お風呂屋を紹介するのはいいのですが、同じように毎日何度も世話になるトイレのことなども書いて欲しかったものです。あの時代のトイレがどのように存在し、どのように使われていたのか、書いてもらえないと、タイム旅行する人たちも不安ではないのですかね。ここらは大きなことだと思います。あの時代と今日の衛生観念の違いはかなり大きいと考えてしまいます。

 私が一番うなずいたところがあります。赤穂浪士の討入のことです。

  私はあの話がピンと来ない。なんだか格好が悪い。大の男が四
 十七人も歩いているのを想像するだけでも見苦しい気がする。ラ
 クビーの十五人、サッカー、アメフトの十一人でさえうっとおし
 い。せいぜいがアイスホッケーの六人か、バスケの五人だ。五、
 六人の男たちが討ち入りをする話なら、もう少しサマになるだろ
 うと思う。四十七人なんて戦争以外のナニモノでもない。野暮だ。
             (文化九年六月二十一日<晴れ>高輪)

 この「野暮だ」というところには、まったく「そのとおり」とうなずいてしまいました。あれは仇討ちではなく、「戦争」ですね。多分幕府もそのように判断したのではと思われます。
 それにしても江戸のことが、江戸の下町が好きで好きで堪らないのだなという著者の気持がどのページからも沸き上がってきます。それがこの本と著者の一番の魅力なのだといえるでしょう。(1992.11.01)

この上の切り紙は、ポニョが私にくれました。だから、今目の前にしています。これ、どうしたらいいのかなあ。