2017020606

書 名 晏子(全4巻)
著 者 宮城谷昌光
発行所 新潮文庫
1、2巻1997年9月1日発行
3、4巻1997年10月1日発行
(94年10〜12月新潮社より上中下3巻として刊行)

11052416 私は晏子というと、どうにも偏狭な人物としか思っていないところがあり、この本が単行本で出版されていたときにも手に取る気になれませんでした。私のその思いは、諸葛孔明がまだ劉備に出会わないころ、南陽の隆中で隠栖していたときに、常に好んで歌っていたと言われる「梁甫吟」の内容にありました。
 この詩を吟う孔明は、晏子がこそが、たいへんに心の狭い人間でこの三士が礼を失したというので、こうした策略を謀ったというわけです。孔明は晏子の狭量を責めていると思えたのです。
 ところが、このごろ私はこの「梁甫吟」を思い浮かべていたときに、まったく逆の意味に気が付いてきたのです。
 諸葛孔明は、自らを春秋時代の斉の管仲や戦国時代の中山(ちゅうざん)の楽毅にも並ぶ人物だとしていました。そうした誇大妄想の中にいたような青年であった孔明としたら、この詩を好んで吟った意味は、勇者3人をただの桃二つでたちどころに殺すことの出来た晏子をこそ、自らに比していたのではないのかなと思い至ったのです。
 こう思ったときに、私はこの宮城野昌光の「晏子」を読んでみようという気になりました。晏子そのものに興味が湧いてきたのです。
 宮城野昌光の他の歴史小説と同じなのですが、私はたちどころにこの本を読み終わってしまいました。まさしく読み耽けるという感じで、春秋時代にひたってしまいました。
 この「晏子」は春秋時代に斉に仕えた晏弱、晏嬰の親子の物語です。歴史上では子の晏嬰が晏子と呼ばれています。司馬遷「史記」の「列伝」では管仲と一緒に、章を設けてあります。おそらく司馬遷も、この晏嬰のことをかなり評価していると思われます、もし今、晏子が生きていたら、私はその御者になっていたいというようなことまで言っています。ただ、司馬遷は当時残っていたたくさんの晏子に関するエピソードのその僅かしか記していません。それを宮城谷昌光は、それこそすべてを描き切っている気がします。司馬遷の書いている中のその行間の中にさらに、分け入っているのですね。「春秋左氏伝」や「晏子春秋」を読んだとしても、ここまで晏子の世界を見ることはできないでしょう。この著者だからこそ展開できる世界なのだと思います。

 それにしても、この物語は晏子そのものを世界に出す前の、その父晏弱の姿を丁寧に描いているところが、まさしくこれこそが宮城野昌光だなと思わせるところです。これだけは、司馬遷も頭を下げるのではないでしょうか。読んでいると、私たち自身が晏弱のそばで、一緒に歩んでいるような気持がしてきます。こうした事態に俺なら晏弱とどのように行動するかなと思ってしまうのです。晏弱その人に自然についていってしまう気になっているのですね。
 誰もが、きっと「俺ならどうするだろう」などとではなく、「晏弱のそばで、どのようにやるのか」と考えるのではないかと、私は思うのですね。それほど晏弱は魅力ある政治家であり、魅力ある人物です。
 晏子たる晏嬰は、私にはまだ中が深いような気がしていて、簡単には言えないのですね。どちらかと言ったら、私はこの著者の描く晏嬰のそばには、あんまり居たいという気にはなれませんね。私はもっと俗人です。その俗人でも、父親の晏弱には、一緒についていきたい気がしてしまうんのです。
 ただ、私にはまだこの晏子を描く小説はこのあとも出てくるような気がしています。晏嬰その人が、最初あげた「梁甫吟」の中での桃で三士を殺してしまうような策謀家なのか、それともこの著者が描いているような義の人なのか、それが私にはまだ判断できないからなのです。

 それが晏子そのもものよりも、この中国の春秋戦国時代というものから来ていることではないのかななんて思ってしまいます。それは中国の長大なる歴史の中では、この時代こそが、もっとも魅力にあふれた時代に思えてしまうからなのでしょう。(1998.11.01)