この天皇を思い浮かべると、真っ先に百人一首の歌が思い出されます。

    春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山

11061810  たぶん、私が百人一首で最初に覚えた歌だったかと思います。そしてすぐに、この天皇が実に血に染まっていた人だったかを思うのです。
 大化元年(645)〜大宝2年(703)の生涯でした。天智天皇の娘であり、天武天皇の后であり、自分の子草壁王子を天皇にたてようとしましたが、それが亡くなってしまい、孫の軽王子(のちの文武天皇)がまだ幼いので、自らが天皇になりました。日本で41代の天皇とされています。
 古代日本の最大の争乱だったと思われる壬申の乱を制して、天武天皇は日本を支配するわけですが、この乱のときには、夫よりもむしろこの持統のほうが実質的には指揮していたのではないかと思えます。
 とにかく壬申の乱に勝利して、天武天皇が即位して、古代日本は落ち着きます。思えば、この頃から奈良時代というものになるのですね。
 しかし、天皇家は、この天武天皇の系列から、やがてはまた天智天皇の血筋になるのです。それが50代の桓武天皇でした。この天皇のときに平安京が始まります。
 私には、夫をかなり愛していたろうお后だったのでしょうが、最後は自分の父親も偉大だったと思っている持統天皇をいつも考えてしまうのです。(2011.06.23)