さらにもうう少し話していきたいと思います。
 二酸化炭素のことで少しのべます。以下1987年の世界の主要国の二酸化炭素排出量の比較資料です。平成二年版「環境白書」からです。

   国名        二酸化炭素排出量
             (億トン) 比率(%)
  世界全体       52.25   100.0
   日本          2.44    4.7
   中国          5.29    10.1
   韓国          0.42    0.8
   米国         12.38    23.7
   西独          1.86    3.6
   フランス        0.95    1.8
   イギリス        1.59    3.0
   イタリア        1.06    2.0
   ソ連          9.70    18.6

11062702 これで見るとわかりますが、米ソ中の3カ国が圧倒的に二酸化炭素の排出量の多い国だということがわかります。この3国では石炭の利用がおおく、さらに今後も続くだろうと考えられています。化石燃料を燃やして出る二酸化炭素も、もしその国に森林が多かったら、その木がまたその二酸化炭素を吸い取るわけですが、これで、出す量よりも吸い取る割合が多いのは、日本と韓国だけだといいます。日本も韓国も懸命に植林をやってきたおかげです。
 それに日本の各企業はなるべく、排ガスを100%に限りなく近いまで使いきろうと努力しています。その方が無駄がなく、利益を生み出せるからです。

 日本のような国の企業が自分の会社の利益を考えるからこそ、いま日本は環境保全に関しては先進国になりつつあるのです。中国が圧倒的に二酸化炭素をそのまま放出しているのは、この「利益」という概念がわからないからです。彼らはせっかく日本が製鉄工場などにつける排出部のフィルターなんかをはずしてしまいます。彼らは国家がGNPしか考えないように、いわば売上(つまり生産高)しか考えません。だから生産高に関係のない排出ガスなんかそのまま出したって関係ないと思っているのです。これが全体主義、社会主義経済の駄目な点です。

と述べた点を説明しましょう。以下2つの企業の簡単な損益計算書を例としてあげます。単位は別に億円とでもしておきましょう。

            A社         B社
   売上     8,000      7,000
   原価     5,500      3,900
   経費     2,000      1,600
   利益       500      1,500

 少しおおざっぱですが、これが損益計算書の形です。ではこのA、Bどちらの会社のほうがいいのでしょうか。このましいのでしょうか。フィルターをはずしてしまう中国などでは当然Aになります。彼らは売上ではなく生産高になるのでしょうが、とにかく生産高がおおいほどいいのです。GNP計算の考え方もこれと同じような傾向があります。だから中国も必死に国としてのGNP増大ばかり考えています。もうフィルターなんかはずしたって、多少酸性雨で作物が枯れようと、とにかく生産高があがればいいのです。
 私なら当然B社のほうが上です。多分かなりな合理化して、石炭を使ったとしてもなるべく排煙をほとんどださないくらいまで使いきろうとしているわけです。また最後の利益から、税金が払われ、株主配当ができて、またそれらが再投資されます。税金はさまざま社会資本の充実に向いますし、株主配当はまた別の消費に向ったり、またその会社の増資に応ずる形にもなります。
 こうしたことが中国やソ連の統制経済では理解できないのです。またアメリカも資本主義の国なはずなのですが、この点に関してはもう判っていないように思えます。アイアコッカの著作などみると、なんだ判ってないなと感じてしまいます。

人間が生きてきたことはどうしても地球環境を破壊してしまう、これからは地球のためには、人間は少しは不便になっても我慢しなければというような考えにつながるのではと思うのです。ということは、人間がよりよい生活をするためには、環境を破壊してしまうのが必然だという考えかただということではないでしょうか。

とのべたことは、私はかなり大事なことだと思っているのです。現在のエコロジストや環境保護派の連中がこのように思っていることは重大なことを含んでいます。
 たとえば、先の中国の例でもいいのですが、そのような開発途上国といわれるような国へいって、「緑をなくしてはいけない」「川を綺麗にしなくちゃ」「そんなことやると、地球が滅ぶんだよ」といったとしても、彼らから、

 過去世界を汚してきたのは君達日本じゃないか
 俺たちだって君達のような生活をしたいのだ
 そのためには環境が破壊されるのは仕方ないんだ
 だって君達だって環境を破壊していまの生活を築いたんだろう

といわれたら、返す言葉がないはずです。
 問題の立てかたはそうではないのです。私たちはこういうべきなのです。

  私たちは人間の力で、水をまもり木を育ててきたから、豊かに
  なれたし、これからもより豊かになれるんだよ
  私たちは、石炭でもなんでも全部使いきるようにしているから、
  よごれた煙は出さないんだ、それが効率がよくて利益が増えてい
  くんだ
  私たちは環境を人間の手で守ろうとしてきたからこそ、豊かに
  なれたのだ
  君達が生活をより豊かにするのなら、まず環境を大事にするこ
  となんだ
  そのためなら私たちだっていくらでも応援するよ

これが私は、世の「緑の党」だのエコロジストだのと違った私たちが提出すべきことだと思っています。
 私は私たちに対して「清貧」だ「清潔」だを強いてくるような連中をまったく信じていません。私たちがよりよい生活をしたいと願うのはあたりまえのことなのです。私には緑の保護叫ぶ連中と、「清貧だ」という連中はまったく同じに見えます。いつも私たちがみなぜいたくしてきたからいけない、世界中から魚でもなんでももってきてしまう日本人がいけない、アマゾンの緑なくしているのは日本だ、などという連中こそ、まったくどうしょうもないと思っています。
 ちょっと問題発言的なこというと、これらの連中に共通していることは、

 反核がすべて正しい
 反原発は当然
 ぜいたくがいけない
 もっと清貧に生きよう
 学習塾の隆盛は問題だ、偏差値もよくない
 ファミコンみたいのがはやるのがよくない
 大企業が環境破壊の一番の存在だ

というようなことです。これは問題発言と言いましたが、かれらの主張からいくらでも共通して抜き出すことができます。
 反論があればいつでもお受けします。(1993.08.04)