11070717 私は高校1年のときに、鹿児島の高校から横浜の高校へ転校しました。その横浜の高校では私は毎日退屈で仕方ありませんでした。
その退屈な日々、私が学校の図書館に行きまして、本を読んでいましたが、とくにいくつもの漢詩を書き写していました。
以下に書きました。

文天祥「過零丁洋」

私はこのときに、この文天祥の詩をいくつも読んでいました。とくに「正気の歌」は全文暗誦したものでした。
その高校1年のときに好きだったのが、この「金陵駅」でもあります。この金陵を通るときの文天祥のことを何度も思い浮かべていたものでした。この詩を作ったときの文天祥のつらい気持を何度も考えたものでした。

金陵驛(註1) 文天祥
草合離宮轉夕暉
孤雲飄泊複何依
山河風景元無異
城郭人民半已非
滿地蘆花和我老
舊家燕子傍誰飛
從今別卻江南路
化作啼鵑帶血歸

草は離宮(註2)を合(とざ)して 夕暉(註3)を転じ
孤雲飄泊 複(また)何(なに)にか依らん
山河風景 元異なる無く
城郭人民 半ば已に非なり
満地の芦花は 我と和(とも)に老い
旧家の燕子は 誰に傍(よ)りて飛ぶ
今従(よ)り別れ却(さ)る 江南の路
化して啼鵑(ていけん)と作(な)り 血を帯びて帰らん

(註1)金陵驛 金陵(南京)の駅亭
(註2)離宮 南宋の離宮があった
(註3)夕暉(せっき) 夕日の輝き

雑草が離宮を覆わんばかりにのびて 夕日はその上をうつっていくが、
一ひらの雲もさすらい続けてどこへいくのだろうか。
山河も風景もまったく昔と違いはないが、
城壁やそこに住む人たちは、大半変わってしまっている
いちめんの芦の花は、わたしと同じように老いはて、
旧家に飛んでくる燕は、誰によりそって飛ぶのだろうか。
これから江南に別れていくのだが、
必ず悲痛な声をあげる杜鵑(ほととぎす)となって、血をはきつつ戻ってくるだろう

しかし、文天祥はいいます。「化作啼鵑帶血歸」。実際に江南に帰れることはなかったわけですが、それでもあくまでも彼は、宋に殉じるのです。
この詩の雑草は滅び行く故国のことであり、孤雲は今のわが身のことです。でも彼は、杜鵑となっても江南に帰るつもりなのです。
フビライ汗は、文天祥の人物を惜しみ、例え自分に従わなくても、引退させて釈放するつもりだったようです。だが、南宋の抵抗はこの文天祥の存在を唯一のより所としているようです。ために、部下の進言により、彼を殺すしかありませんでした。また文天祥も死を望んでいるのです。
その当時から、高校1年生の頃からですが、私はいつも文天祥のことを忘れたことはありません。
いつも文天祥のことを、あちこちで思い浮かべています。(2005.09.17)

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。