2017062501 私が中学生のときに知って、大変に好きになっていた詩でした。そして高校一年のときに、すべてを書き出して、暗誦しまして、すべて記憶しました。
  それ以来常に私には、この詩は私の心と頭の中に存在していました。
私が東大闘争で、府中刑務所に拘留されていたときも、常にこの詩が私の中では、繰り返し、浮かんできたものです。
   ただ、高校一年で読んだ「曾先之『十八史略』」では、この『十八史略』そのものは、いわば略であり、不満が沸いてきていたのですが、その最後が南宋の滅びる時代であり、この文天祥が描かれているために、それだけは感動して読んでいたものでした。
  ただし、この『十八史略』には、文天祥の生涯は書いてあるのですが、この「正気歌」の紹介はありません。
   ただ、私には常にこの詩は心の中で浮かんでいたものです。
   いつも悲しいのですが、最後の「古道照顏色」を声に出すと、その文天祥の気持をばかり考え、悲しいと同時に、実に文天祥に憧れを持つばかりの私でした。
   またこのときに11071717、あえて文天祥を処刑した世祖フビライも立派だなあ、と思ったものです。(当初は、フビライは文天祥を引退させて、もう穏やかに生きていかせようとしたのでしたが、文天祥がどうしても認めなかったのです)。

   正気歌   文天祥
天地有正氣 天地 正気有り、
雜然賦流形 雑然として 流形を賦(あたえ)られる。
下則爲河嶽 下(くだ)れば則(すなわ)ち 河嶽(かがく)と為り、
上則爲日星 上(のぼ)れば則ち 日星(じっせい)と為る。
於人曰浩然 人に於いては 浩然と曰い、
沛乎塞蒼冥 沛乎(はいこ)として 蒼冥(そうめい)に塞(み)つ
皇路當清夷 皇路 清夷に当たれば、
含和吐明庭 和を含んで 明庭に吐く。
時窮節乃見 時窮(きわまれ)ば 節乃(たちま)ち見(あらわ)れ 
一一垂丹青 一一 丹青に垂る。
在齊太史簡 斉に在りては 太史の簡、
在晉董狐筆 晋に在りては 董狐の筆。
在秦張良椎 秦に在りては 張良の椎(つい)、
在漢蘇武節 漢に在りては 蘇武の節。
爲嚴將軍頭 巌将軍の 頭(こうべ)と為り、
爲ケイ侍中血 ケイ侍中(けいじちゅう)の 血と為る。
爲張雎陽齒 張雎陽(すいよう)の 歯と為り、
爲顏常山舌 顏常山の 舌と為る。
或爲遼東帽 或いは 遼東の帽(ぼう)と為り、
清操夘浩 清操、氷雪よりも辧覆劼蹇砲掘
或爲出師表 或いは 出師表(すいしのひょう)と為り、
鬼神泣壯烈 鬼神も 壮烈に泣く。
或爲渡江楫 或いは江を渡る楫(かじ)と為り、
慷慨呑胡羯 慷慨、胡羯(こかつ)を呑む。
或爲撃賊笏 或いは 賊を撃つ笏(こつ)と為り、
逆豎頭破裂 逆豎(ぎゃくじゅ) 頭(とう)は破裂す。
是氣所磅薄 是の気 磅薄(ほうはく)する所、
凛烈萬古存 凛烈(りんれつ)として 万古に存す。
當其貫日月 其の日月を貫くに 当たりては、
生死安足論 生死 安くんぞ論ずるに足らん。
地維魄蔑 地維 鬚蠅動覆辰椴ち、
天柱魄並 天柱 鬚蠅動覆辰涜困掘
三綱實系命 三綱は 実に命に系り、
道義爲之根 道義 之を根と為す。
嗟予遭陽九 嗟(ああ) 予(われ)陽九に遭い、
隷也實不力 隷(われ)は 実(まこと)に不力(ふりょく)也(な)り
楚囚纓其冠 楚囚 其冠を纓(むす)び、
傳車送窮北 伝車 窮北に送らる。
鼎カク甘如飴 鼎カク 甘きこと飴の如き、
求之不可得 之(これ)を 求むれども得(う)べからず。
陰房闃鬼火 陰房 鬼火闃(げき)たり、
春院閉天 春院 天の黒きに閉ず。
牛麒同一 牛麒(ぎゅうき) 一機覆い辰修Α砲鯑韻犬Δ掘
鷄棲鳳凰食 鷄棲(けいせい)に 鳳凰食す。
一朝蒙霧露 一朝 霧露(むろ)を蒙(こう)むらば、
分作溝中瘠 分けて溝中(こうちゅう)の瘠(つい)と作(な)らん
如此再寒暑 再び寒暑 如くの此し、
百レイ自辟易 百レイ自ら辟易す。
嗟哉沮洳場 嗟(かな)しい哉 沮洳(しょうじょ)の場、
爲我安樂國 我が安楽の国と為らん。
豈有他繆巧 豈に繆巧(びゅうこう)有らんや、
陰陽不能賊 陰陽 賊(そこな)ふ 能(あた)わず、
顧此耿耿在 此の耿耿(しゅうしゅう)たるの在るを顧(み)て。
仰視浮雲白 仰ぎ視て  浮雲白ければなり。
悠悠我心悲 悠悠として 我が心は悲しむ
蒼天曷有窮 蒼天 曷(なん)ぞ 窮み有らん
哲人日已遠 哲人 日に已に遠く
典刑在夙昔 典刑は 夙昔(しゅくせき)に在り
風檐展書読  風檐(ふうえん)に 書を展(ひら)きて読めば
古道照顏色 古道 顏色を照らす。

天地には正気があり、
混然として形を持たずある。
下に行けば河や山岳に為り、
上に行けば日星に為る。
人に於いては浩然の気と言う、
大いに天地に満ちている。
大いなる道が清らかで太平な時は、
和やかに明るい朝廷に吐き出される。
動乱の時代になれば、節義が顕れ、
一つ一つ、歴史に残る。
斉では太史の竹簡、
晋では董狐の歴史を書く筆。
秦では張良が投げさせた鉄鎚、
漢では蘇武の節。
厳顔将軍の頭と為り、
ケイ侍中の血と為る。
雎陽を守備していた張巡の歯と為り、
常山を守備していた顔杲卿の舌と為る。
或いは遼東の管寧の帽子と為り
その清らかな節操は氷雪よりも厳しい。
或いは出師表と為り、
鬼神も壮烈に泣く。
或いは長江を渡る際の楫(かじ)と為り、
その意気は異民族の羯を呑んでかかる。
或いは賊を撃つ笏と為り、
反逆者の頭は破裂する。
これらの歴史の事象は正気が噴出する所であり、
永遠に残る。
正気は日月さえ貫き、
生死などは論ずるに足りない。
大地は正気によって存在し、
天は正気によって尊いとされる。
三綱も正気によってその命を与えられたのであり、
道義は正気を根幹とする。
ああ、私は亡国に遭い、
私は実に努力が足りない。
私は捕虜となっても、南宋の家臣であり、
護送車によって大都へ送られる。
釜茹でにされることも飴のように甘いのに、
之を求めても得られないのだ。
暗い牢屋は静かで鬼火が出て、
春の院(牢屋)は天に閉じていて真っ黒である。
牛(他の囚人)と麒麟(文天祥)が餌箱を同じにし、
鶏(他の囚人)小屋で鳳凰(文天祥)が飼われている。
悪い空気や冷たい露に晒されてしまえば、
死体になる事を覚悟しなくてはならない。
夏冬が二回過ぎたが、
病魔・悪鬼は近寄ってこない。
ああ、ぬかるんだこの場も、
私には楽園になる。
どうして私が何か策を施したのであろうか。
陰陽も(私の体を)損なうことが出来ないのは、
この耿耿としたもの、すなわち正気が在るからである。
仰ぎ見て浮いている雲のように(私の精神が)白いからである。
蒼い空は窮みが在るのだろうか。
悠々として私の心は悲しみにくれる。
哲人がいた頃は既に遠い昔だが、
人間の模範は昔にある。
風が吹く軒で、書物を広げて読めば、
古の道が私の顔を照らしてくれる。

   ただ、私はいつもこの詩が私のパソコンの中にはありました。だが、どうしても全部の漢字が書き出せません。それが不満で私はどうしようもなかったものでした。
  でも今回、こうして書き出しました。実に私がパソコンを使い出したときからですからもう27年になるでしょうか。いやパソコンを使い出してからは30年になるのですが、実際に、この詩をパソコンで書いて、「でも漢字が全部でないな。困ったな」というときからは、もう27年が経過しています。
  これで、私の気がすみました。

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