11072706   Thursday, August 21, 2003 11:57 PM
「お元気ですか?」
 ごぶさたしています、お変わりありませんか?
 毎週月曜日のメルマガ楽しみに読ませていただいてます。いろいろなメルマガ購読しましたが、いまだに毎号読むのはもう周さんのメルマガだけになりました。
 中国の歴史の本と宮城谷昌光さんの本を読み始めて、インターネットで遊ぶ時間も減りましたから、しかたないかもしれません。
 それにしても、歴史とはおもしろいものですね。40歳目前にしてそのことにようやく気づきました。正直なんでもっと早く気づかなかったかと後悔しています。この歳になったからこそおもしろいと思える部分もあるかもしれませんが・・^^;
 歴史は常に勝者の私物で、敗者は常に悪役ですね。善悪も時の権力者の都合次第になるなんてことは、中途半端に子供に言えません。
 たとえば、道という字を、昔の中国で夷狄の住む地域の地域名として使っていたと知ったのですが、子供には教えにくいです。なぜ日本の北海道にはそんな字をつかってあるのか?まで説明しきれません。(下手な説明では、子供は途中で聞き飽きて逃げてしまうでしょう。^^;
 子供達、早く大きくならないかな・・いつか気がねなく話せる時がきて、うまく話せるようにもっともっといろんな本を読もうと思います。
 来週もメルマガ楽しみにしています。お体大切にこれからもがんばってください。こたつのこっちー

   Monday, September 15, 2003 10:54 PM
「Re: お元気ですか?」
 まずメールの返事がこんなに遅くなり申し訳ありません。

 ごぶさたしています、お変わりありませんか?

 毎日いろんなことがありまして、なんだかにぎやかなことです。仕事でも、いろいろなことがあり、また家族みんないろいろと忙しくて、まったくたいへんなことばかりです。

 毎週月曜日のメルマガ楽しみに読ませていただいてます。いろいろなメルマガ購読しましたが、いまだに毎号読むのはもう周さんのメルマガだけになりました。

 本当にありがとうございます。こうしたメールをいただくと、「やっぱり頑張ってやりつづけよう」という気持がわき上がります。
 このごろ、けっこうあちこちで宮城谷昌光さんの愛読者の方と知り合いになります。彼の小説の内容でお話できるのは愉しいですね。そしてまた、その話は、中国の歴史の話であれ、登場人物の話であれ、そして他の作家との比較とかいくらでも話すことがあって、実に話しがいがあるという思いです。

 たとえば、道という字を、昔の中国で夷狄の住む地域の地域名として使っていたと知ったのですが、子供には教えにくいです。なぜ日本の北海道にはそんな字をつかってあるのか?まで説明しきれません。

 いえ、日本の律令国家も中国を倣って、これは使ってきたのですよ。東海道、中山道、南海道、西海道というように地方を別けてきました。ただ、その時代には北海道の存在は、日本内にはありませんでした。明治になって「北海道」となづけただけなんで、そのときにはもう「夷狄」ということではなかったと思いますよ。
 本当をいいますとね、「夷狄」というけれども、もともとは、「この日本も夷狄のところだったのだ」という意識は律令国家にあったのだと思うのですよ。「日本」のもともともの語は、「えのもと」なんですよ。これは「夷の本」なんですね。つまり、この日本こそのおおもとは、あの「夷狄」の人たちが住んでいたのだというのは、律令国家を作った人たちには、判っていたのではないでしょうか。日本の神話からいいましても、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が天孫降臨してくる前に、この日本を支配していたのは、天照大神の弟の須佐之男命の子孫の大国主命の出雲族なのですね。彼らの子孫が、天皇族に追われて、次第に北に南に追い払われたと思うのですよ。
 もっと言うと、こうした文字で人を差別することを教えてくれた中国のほうも同じじゃないかな。中国を支配した族は、みな最初の最初は「夷」なのですよ。宮城谷さんを読まれると判るでしょう。例えば、周は西方の「夷」ではないですか。周の成立を助けた太公望も、どうみても遊牧民の「夷」の出身ですね。周のあとの秦だって、もとは西方の「夷」でしょう。それどころか、夏王朝にとっては、商(殷)の民族も夷だったはずです。
 もともと自らが夷狄だったことを隠そうとするから、周辺の族をことさら、夷狄だというように思いますね。
 もっともっと言うとすると、こうしたことはけっこうみな知っていたと思うんです。例えば、水戸黄門は、判っていたと思いますよ。もっと言うと、聖徳太子は判っていたでしょうね。私は聖徳太子の時代に、中臣御食子(藤原鎌足の親父)と蘇我蝦夷なんか、二人で次のように話していたように思いますよ。

   もともと、あの「蝦夷」と言われる人たちが、この倭(やまと)
  の持ち主なんだよね。俺たち自身にも実は、その血が流れている。
  でも太子はみんな判っているんだろうなあ

 実はこの二人はもっといろんなことを話していたでしょうね。
 ちょっと簡単に書いてしまいました。たしかに歴史は隠されてしまったことがたくさんあるかと思っています。
 また。周
(第162号 2003.09.22)