11082502   Sunday, August 08, 2004 11:40 PM
はい、はい、了解です。

 私以外にも載せられるメールがあってよかったですね。
 椎名誠さんは私もファンで文庫が出ているのを見るたび買っていたんですが、十年ほど前でしょうか、続けて三冊ほど週刊誌の連載のつまらないエッセイをまとめただけのものとか、どこかの雑誌の企画で無理に旅行してまとめた様なものを続いて買ってしまい、それ以来対投資効果が薄いと判断して買わなくなってしまいました。
 海音寺潮五郎さんの平将門はyahoo booksで検索したところ、文庫は絶版で3800円の豪華本しかないことがわかりました。残念です。読みたい本がいくらかまとまると、送料も無料になるのでネットで年に二三回まとめて注文しています。昔は注文を出した後で楽しみに待ったあげく絶版とわかったりして苦労したものですが。
 それでというわけではないんですが、項羽と劉邦については誰の小説がおもしろいでしょう。オーソドックスなところで司馬遼太郎の項羽と劉邦は読んだんですが、膨大な文献を読みこなしてできるだけ本当にこうだっただろうと正確に書こうとしているように思えました。そのためキャラクターの魅力に乏しく歴史の講義を聞いているようで感情移入するところまでいきませんでした。血わき肉躍るというタイプが好みなんです。よろしくおねがいします。

   Friday, August 27, 2004 12:30 PM
Re: はい、はい、了解です。

 ごめんなさい。こんなに返事が遅れてしまいました。いえ、仕事も忙しいのですが、ようするに毎日大酒を飲んでいましてね。昨日は圧倒的美女と飲んでいまして愉しかったな。

項羽と劉邦については誰の小説がおもしろいでしょう。オーソドックスなところで司馬遼太郎の項羽と劉邦は読んだんですが、膨大な文献を読みこなしてできるだけ本当にこうだっただろうと正確に書こうとしているように思えました。そのためキャラクターの魅力に乏しく歴史の講義を聞いているようで感情移入するところまでいきませんでした。

 司馬遼さんはね、もう仕方ないのよ。彼は小説を展開するよりも、とにかく歴史を語りたくて仕方ないのですね。そしてしかも語るのは、彼の思う歴史なんです。私は彼の小説では、

  功名が辻
  北斗の人
  竜馬が行く

が好きですが、あとはみなすべて嫌いです。
 ところで、漢楚の攻防の歴史ですが、間違いなく一番面白いのは、司馬遷の「史記」だと思いますよ。「史記」は、「本紀」や「世家」、「列伝」の中にこの時代はあちこちに書かれていますが、一番生き生きとしていると私は思います。おそらく作者司馬遷にとって、「ついこのあいだのことだ」と思えるのがこの漢楚の時代だったのではないでしょうか。
「本紀」というのは、中国を支配した帝王たちの歴史です。最初から

  五帝本紀
  夏本紀
  殷本紀
  周本紀
  秦本紀

と続きます。ところがこのあとが、何故か「秦始皇帝本紀」となり、そして漢の「高祖本紀」となる前に、中国すべてを支配したとはいえない、かつ漢の敵であった楚の「項羽本紀」が書かれているのです。おそらく司馬遷は、この「項羽本紀」が実に好きだったのでじゃないでしょうか。
 司馬遷の「史記」を思いながら、私は司馬遼と比較して、私の好きな作家は宮城谷昌光です。ただ私は最初の頃、彼の小説を読みまして、

  この人は、司馬遷「史記」はあまり評価しないのかな

と思ったものでした。あまりに彼の小説の中に「史記」の描く内容が少ないように思ったのです。「むしろ、『春秋左氏伝』なんかのほうが好きなのかな」なんていう思いでした。でもでも違うのです。
 実は宮城谷さんは、この「史記」を全文手で書いたことがあるそうです。そしてそうしてはじめて「史記」のすごさが判ったようです。「史記」を全文書き抜くと司馬遷の心、気持が判ったそうです。(しかも司馬遷は紙に書いたのじゃないものね。青竹の後ろに書いたわけだ)。
 司馬遷はあの当時中国全土を歩き、あらゆる書物を読み、かつあらゆる故老の話を聞き、またたくさんの伝承を収集しました。それはあの長大なる「史記」の数十倍あったものと想像されます。その数十倍あった資料を取捨選択していったのが司馬遷なのです。
 司馬遼の「項羽と劉邦」の項羽の最後のシーンは、私たちが知っている項羽の最後とは違います。司馬遼は、「これのほうが本当の歴史なんだ」という思いで書いたのでしょうが、実は司馬遷は、司馬遼の書くあのような最後も知っていたことでしょう。でもでも、司馬遷は、やはり自分の好きな項羽の最後を、「史記」で書いたような内容にしました。このことこそが、司馬遷の偉大さです。司馬遼の判っていないことです。
 項羽を好きだった杜牧も、この項羽の最後を何度も思い浮かべたことだと思います。(私のよくやります詩吟の一つです。ああ、昨夜は乃木希典「爾霊山」を詠いました)。

  杜牧「烏江廟」

 そして杜牧もまた司馬遷の描く項羽にこそ涙を流したのではないでしょうか。
 こうしたことに気がつかせてくれた宮城谷昌光さんが、この漢楚の時代を描いたのは「香乱記」があります(ただしまだ文庫本になっていません)。ただし、これは項羽も劉邦も主人公ではありません。私ももしこの時代に生きていたとしても項羽には絶対に就きたくないし、劉邦も嫌です。そんな思いからすると、この小説はいいですよ。
 ただそれより前に「長城のかげ」を読まれるといいです。エッセイですが、宮城谷さんの漢楚の時代への思いが理解できるかと思います。
 それから、実は宮城谷さんは、「文藝春秋」にて「三国志」を執筆中です。ものすごい内容ですよ。おそらく、世界で一番長大なる「三国志」になると思います。
 正史「三国志」は実に長い歴史書です。ただし、内容がものすごく簡潔です、いや簡潔すぎます。それで、裴松之という人がものすごい註を書きます。以下にそのことを少し書いています。

  横山光輝「三国志」

 それで、大昔(つまり1,000年以上昔から。中国だけではなく、この日本でも)から、「三国志」よりも、この裴松之の「註」のほうが長いと思われてきました。3倍くらいあるのじゃないかと思われてきました。
 そして20世紀になっても、清の三国志の研究家が、

  私は実際に字数を数えてみたが、やはり裴松之の「註」のほう
 が字数が多い(3倍あると)

と言ってきました。だが、近ごろ本当に数えた人がいましてね、「三国志」のほうが裴松之の「註」よりもわずかに字数が多いそうです。これはすごいことですね。私は実にたまげました。これは前にも紹介した高島俊男さんが書いています。

 http://myshop.esbooks.co.jp/myshop/shomon?shelf_id=08

 ここの「三国志 きらめく群像」を読んでみてください。面白いですよ。私はこの高島さんの本を電車の中で読めないんですよ。とにかく、げらげら笑ったり、急に涙がこみ上げたりしてしまうのです。
 申し訳ない、「血わき肉躍るというタイプが好み」というあなたに、このくらいことしか書けませんでした。萩原周二
(第215号 2004.09.27)