私がけっこう吟う詩です。どこかで初めてお会いしたようなときに、よく詠うようにしています。

烏江廟     杜 牧
勝敗兵家不可期 勝敗は兵家も期す可からず
包羞忍恥是男兒 羞を包み恥を忍ぶは是れ男兒
江東子弟多豪俊  江東の子弟豪俊多し
捲土重來未可知 捲土重来(註)未だ知る可からず

(註)捲土重来(けんどちょうらい) 一度敗れたものが、再び土を捲き上げるような勢いでもりかえしてくること。

戦争の勝負はどんな兵法家も期することはできない
羞を包み恥を忍んでいくことこそ大事である
しかも江東には豪雄もたくさんいる
また再挙したとしてもその結果は計ることなんかできなかったの
に惜しいことだ

11082507 唐の時代の詩人杜牧が烏江(安徽省)のほとりにある項羽の墓に詣うでた時に作った詩です。
司馬遷「史記」によれば漢楚の興亡のおり、漢の高祖劉邦にやぶれた楚の項羽は烏江から楊子江をわたろうとしました。江を渡ればそこは故郷江東です。烏江の亭長(渡しもり)が船を用意して

江東は小さな土地ですが、なお方千里、衆数十万、王たるに充
分な土地です。願わくは大王には急いでお渡りください。いま船
をもっているのはわたくしだけで、漢軍がきてもわたることがで
きないのです。

これに対して、項羽は笑って、

天がわたしを滅ぼそうとするのに、わたし独りで渡ることがで
きようか。それにわたしは、はじめ江東の子弟八千人とこの江を
渡って西したのに、今一人の還るものもない。なんの面目あって、
江東の父兄にあえようか。

といい、また再び漢軍に向かって行き、おおいに戦ったのちにやがて自刃しました。
この故事を目の前にした杜牧が1,000年の昔の項羽の霊にたいして、勝敗は兵家の常であり、恥を忍んで自刃せず、江東の子弟豪雄も沢山いるのになぜ捲土重来(けんどちょうらい)再挙しなかったのかと死を惜しんでこの詩を賦したものです。
このような詩を処世吟といって、会社や団体の設立とかといったときよく詠うものです。私は昔、浪人生の集まりに呼ばれたときにも披露したことがありますし、また会社の再建をコンサルした会社でのその最初にやったこともあります。そういうときにこそ、この詩は詠うことこそいいなあと思っています。
なお「題烏江亭」としたサイトがいくつもありますので、それも書いておきました。私はいつも「烏江廟(うこうびょう」、杜牧作」と言ってから詠っております。(1998.11.01)

これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。