11090501   Wednesday, November 03, 2004 9:43 PM
こちらこそ遅くなって申し訳ありません。
 十月は学園祭、運動会、修学旅行、遠足など学校と関係のある人は忙しい季節ですが、普通だともうなんの関係もないはずなのに先生はすべてに関係していらっしゃるんですねー。中でもいまだに母校の学園祭に出店していらっしゃるとはとは驚きました。こんな話は聞いたことがないです。ほかの学校では例がないのではないでしょうか。学校の職員の方も三十年前からずっと顔見知りの方がまだいらっしゃる訳ですか。昔の敵は今日の友とまでではいかなくても、なにやら懐かしいというところでしょうか。また一種の同窓会ともなっているのかもしれません。こういうのは絶対やるぞと強固に主張する人とそれに賛同してくれる人が数人はいないと続かないものですが、椎名誠とその仲間達の関係に似ていますね。その他、娘さんの勤めていらっしゃる学校の運動会やら、卒業なさった学校の父母会やら、なんて忙しそうなんだろうと驚いたりあきれたりしています。

 陳舜臣は検索してみるとものすごく著作が多いのに二作しか読んでいらっしゃらないとはちょっと不思議です。やはりその三国志に何か違和感を覚えられてあのではないでしょうか。その三国志はどうだったのか感想を少し教えてだけますか。三国志といえば宮城谷さんのが出ましたね。もうお読みになりましたか。私は蒼穹の昴が文庫になったので、ずっと以前から狙っていたものですから早速買って読んでいます。
 先生のエロイーズにも話したことのない美術品の売買とは何やらなぞめいていますね。きっとまた驚くようなエピソードがあるのでしょうね。
 私も人間の声というものには興味を持っています。なぜか教養や人格が現れるし、同じような性格の人は同じような声の場合がありますよね。声優や朗読というテーマはすごく興味があります。

   Sunday, November 21, 2004 1:47 PM
Re: こちらこそ遅くなって申し訳ありません。
 埼玉大学の学園祭とはずっと関係を続けてきたわけですが、もう私も56歳ですからね、もういつまでもやるべきじゃないかな、なんていう思いも抱きます。もう何もかも、みんな私の下のずっと年代になってしまいました。

その他、娘さんの勤めていらっしゃる学校の運動会やら、卒業なさった学校の父母会やら、なんて忙しそうなんだろうと驚いたりあきれたりしています。

 昨日は、私の次女が大学を出た最初の年に勤めた東京都文京区の小学校の「表現の日」(文化際のようなものです。2年前に私が行きました記録は以下です)がありました。

  ブルータスの学校での「表現の日」

 次女が帰宅してきて、私は知りました。前日私が帰宅できていたら、必ず行っていたのに残念です。前日は、私はもう飲みすぎで、泉岳寺、浅草といろいろ行きまして、もう帰宅できませんでした。
 私は娘二人がみている小学生に会えるのがとても嬉しいのです。もちろん、私は、先生である娘の父親だとばれないようにしますが、とにかく今の子どもたちはいいのですよ。「俺たちの子どものときより、いい子たちだな」なんていつも思えるのです。ただ、また今のほうが嫌なことも多くて、これまた考え込んでしまいます。ニュースでみる悲惨な事件ですが、実はもうどこでも起きる可能性があることのようです。さきほど、次女からは、次女の小学校のそばで子どもたちが、車に引きずり込まされそうになったり(つい2日前のことのようです)、男の生徒が不審者においかけ回されたりということがあったそうです。もう柏市の街の真ん中の学校なんですよ。そして警察は、犯人のただの一人も、捕まえていません。もう、悔しくて、悲しくて、恐ろしくてたまりません。

陳 舜臣は検索してみるとものすごく著作が多いのに二作しか読んでいらっしゃらないとはちょっと不思議です。やはりその三国志に何か違和感を覚えられたのではないでしょうか。

 いえ、陳さんには、特別「違和感」というような思いはないのです。ただ、なんとなく、それほどのめり込めないのですね。なんでかな。
 少し考えますと、以下のように思いました。
 私は、中国の漢詩を読むのが好きで、それも漢文という日本の古代からやって来た読み方で読んでいます。また漢詩だけではなく、たくさんの文章も漢文で読むのが好きです。ただ、これは間違えていけないのは、私自身にも間違えるなよと言い聞かせることは、このことは中国のことをよく理解できるためにやっていることではありません。日本人である私が、日本人の漢文という方法で中国の古典を読んでいるのは、あくまで、日本人の古典ともなってしまった中国の古典を理解するためにやっていることなのです。あくまで、日本の文化を知るためにやっていることなのです。いくら漢文を学んでも、中国のことを理解できるようにはなりません。日本のことを知りたいからだけのことなのです。
 それで中国人が書きました、文学なり、評論なりを、訳文で読んでみますと、かなり、我が日本とは違う国、違う風土、違う歴史の中国を感じます。私たち日本人が思い込んでいる中国とは、本当の中国とは、まったく違うもののようです。私が好きな漢文というのは、あくまで、日本人の抱く「中国」を見せてくれるだけなのです。
 ところが、この陳さんが書かれている小説の中での中国は、私が漢文で知ってしまっている「中国」と同じなのです。「中国の人なのに、なんで、こうなのかな?」というところが、私が彼の小説にのめり込めないところなのかななんて思ってしまいました。

三国志といえば宮城谷さんのが出ましたね。もうお読みになりましたか。

 現在第1巻を読み始めました。たくさん、思うことがあります。やはり、私はおそらく、この宮城谷さんの「三国志」が世界最大、最高の「三国志」になるかと思いました。

私は蒼穹の昴が文庫になったので、ずっと以前から狙っていたものですから早速買って読んでいます。

 現在、第4巻を読んでいます。
 上に書いたことに関係するのですが、この「蒼穹の昴」は私たちが過去読んで来た数々の中国ものの小説とはあきらかに違いますね。私が知ってきた日本の古典である中国の数々の漢文から生まれた小説ではなく、中国の実際の近代の歴史から書かれている小説のような感じを受けます。
 思えば、こうした思いをまたまとめて書いていかなくてはならないな、なんていう思いを今抱きました。

先生のエロイーズにも話したことのない美術品の売買とは何やらなぞめいていますね。きっとまた驚くようなエピソードがあるのでしょうね。

 ええとね、私のエロイーズといえば、ちょうど学生のときからつき合った女性なのですが、この女性には、この府中刑務所での、加藤道子さんのことを話さなかったということです。それで、この美術品の売買のことは、もう私が結婚して子どももいる時期のことなのです。はっきり書かなくて申し訳ありません。ただ、たしかに、この美術品に関しては、驚くべきエピソードはありますよ。とても大変に面白い話なので、また別に書きますね。

私も人間の声というものには興味を持っています。なぜか教養や人格が現れるし、同じような性格の人は同じような声の場合がありますよね。声優や朗読というテーマはすごく興味があります。

 私も同じです。そういえば、この加藤道子さんの思い出を、私のサイトの中にある「三上治の世界」でも、以下に書いてくれています。

   ある女優のこと

 今では懐かしく思いだす加藤道子さんの声です。萩原周二
(第225号 2004.12.06)