2011年11月08日

吉本隆明鈔集272「新新宗教と超人的」

11110610 中世の浄土教とか日蓮宗とか曹洞宗とかの当時の新興宗教は、超人的というのはやめようじゃないか、つまりこれは倫理の言葉とか倫理の行いとかに直さなかったらだめなんだというかたちで、それぞれの宗旨、宗派はちがうんですがやったようにおもいます。なんといったらいいか、倫理的な教義の純粋化といいますか、純粋化と倫理化がいっしょになってというかたちであったとおもうんです。現在の「新新宗教」はその逆であって、旧来の倫理がだめじゃないかとおもわれはじめたときに、いままであった倫理を解体してもう一度新しく通用する倫理をつくろうとするところはどこにもなくて、従来の倫理は基本的に終っちゃったというかたちになっている。やっぱり超人的なことにもう一回入っちゃっているような気がします。
1992.9、10田原克拓によるインタビュー 「時代の病理」1993.5春秋社に収録

  昔の新興宗教といわれていたものと、今日の新宗教はかなり違う。それで新新宗教と名付けているわけだ。おおきな特徴がこの超人的ということである。教祖なりがかなり超人である。昔の新興宗教の教祖がただの主婦であったり、ただのおっさんであったりしたのとはおおきく違っている。それは現在の若者なりの抱く悩みなりの要素がかなり違ってきているからだと思う。



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