11112502 もうすぐ香港がイギリスから中国へ返還される。なんでもいいから、このときになんか言っておこうと思いました。
 まずイギリスは、あのような歴史的に汚い戦争で奪い取った領土を、今の今までよくまあ、汚く領有したものです。イギリスおよび欧米諸国の恥の歴史をそのままにしていた存在が香港でした。イギリスは単なるどろぼう、海賊の国でしかありません。まあ、これで少しはその恥の存在が消えるわけです。
 次に中国も、どうして今の今になって香港の返還なんていう事態になるのですか。なんでいままで認めていたのでしょうか。それならマカオの存在はどうするの。もう随分前からポルトガルは、マカオを中国に返還しようとしていました。だが中国が拒んでいました。マカオを奪還したのなら、当然香港も奪還しなければならないからです。香港が自国領でないことが中国には大変に都合のいいことだったわけです。こんな阿呆なことがありますか。

 思い出してほしいのです。香港は1941年12月の日本の対米英戦争で、一時的にでも、イギリスからは解放されました。東南アジアの諸国は、日本の進出によって一時解放されました。フィリピンは米国から、ビルマはイギリスから独立して、独立政府が樹立されました。インドも、チャンドラボースによるインド仮政府が樹立されました。
 日本が進出占領した東南アジアの国は、日本敗北ののちにも、独立していきました。日本により独立したバー・モウ政権は倒れましたが、ビルマはイギリスから独立しました。ラウレル政権は日本敗北後倒れましたが、フィリピンは米国から独立しました。インドは日本が支援したチャンドラボースは亡くなりましたが(いまもインドの国会議事堂には、ガンジーとならんでボースの像が立てられている)、ボースのインド独立自由軍の扱いのことから、インド全土に反英運動がおき、インドは独立しました。
 マレーシアも独立しました(ただし、最初はマラヤ連邦だった)。インドネシアは再び植民地にしようとするオランダ軍とそれを支援するイギリス軍と闘い抜いて独立を勝ち取りました。
 こうした流れの中で、例外はインドシナ諸国と、香港です。インドシナは戻ってきたフランスが米国の支援を受けて強力であり、完全な独立は達成できず、フランスとの戦争が長く続きました。そして、香港は、香港こそは、独立はしなくとも、当然中国領に戻るはずなのに、国民党政府も、中共政府も、そんな気はありませんでした。こんな馬鹿なことがあるのでしょうか。
 インドは、ゴアやボンベイという、いわば中国の香港にあたる植民地を、ポルトガルから実力で奪還しました。誰も、当然中国も香港を奪還するであろうと思っていました。それなのに、中国共産党政権は、香港もマカオも奪還しようとはしませんでした。こんな馬鹿なことがあるのでしょうか。イギリスがひどいどろぼうで海賊の国としても、中国はそれどころか自国の領土だろうが、住民だろうが、どうなろうと知ったことじゃないよという国なのではないのかな。
 そもそも、香港をどうして清朝は割譲してしまったのだ。林則徐は、清朝があてにならなくても、ゲリラ戦でもってイギリスと闘い抜き、香港を守るつもりでした。それを弾圧したのは、イギリスではなく、清朝ではないのですか。
 思い出してほしいのです。あの太平天国の乱を鎮圧するのに、イギリスのゴードン将軍が清朝の要請で大活躍していることを。アロー号事件もそうでした。中国は自分の政権の都合しか考えていません。手先として、イギリスをフランスを使おうとしているだけなのです。蒋介石のやった、第2次上海事変は、自分の国民をこそ殺戮しようとする作戦でした。
 もちろん、中国の政権がどうあれ、林則徐のような人がいたように、中国にはたくさんの素晴らしい人がたくさんいると確信します。なんとしても、そうした人たちの香港であり、その人たちの中国であってほしい、そうなってほしいと強く思います。