1112061711120618 なんだか「恐慌」といってもいいような雰囲気も感じてしまいます。いろいろなことを思います。思いついたことを書いてみます。

 責任は誰にあるのか。
 これは当然にまず原則的に考えてみます。経営破綻の責任はまず、取締役にあります。これは彼らこそが経営をやっていたからです。そして次にはその取締役のやる経営を監視すべき監査役が、果たして監査できえていたのか、その能力があったのかということが問われます。次に上場企業であるわけですから、監査法人の公認会計士が見ているわけです。さらには、監督官庁である大蔵相が、果たして監督できえていたのかという責任が生ずると思います。
 簿外資産と言われるものについては、山一の社長は答えることができませんでした。これが簿外の不良債権なわけで、2,600億円とニュースでは伝えています。「情報公開」ということが絶対に必要なわけですが、この情報自体が信用できないわけです。だって、それを監督監査しているプロ自体が信じられないわけです。ただ、情報公開を適確にしていってもらえば、誰でもその内容の不可思議さに気がつくことができるはずなのです。
 では、こうしたいわば「粉飾」されてしまっていた情報をどうして指摘することができないのでしょうか。監査法人自体がその粉飾に拘わってしまっているのかなという疑いも持ってしまいます。監査役は会社の社長から任命されている名誉職だと勘違いしているふしがあります。
 むかし私は、ある会社で社内監査役が次のような挨拶をしたのを聞きました。

  このたび、社長からこの会社の監査役として任命されしました。
  監査役に任命されたからには、この会社のために粉骨砕身努力し
  ていく所存であります云々。

 いいでしょうか、これはあきらかに間違いです。監査役を選任、任命するのはあくまで株主総会の場で、個々の株主の総意でされるものなのです。だから代表取締役たる社長が何をいおうと、あくまで株主の利益を守るために仕事をすべきなのです。どうみても、会社に不利益を与えるようなことを、取締役および代表取締役がしてしまいそうならば、それを阻止しなければならないのです。これは監査法人たる公認会計士も同じだと思います。

 ところで、日本はこれを判断するべき財務諸表だけでは、実はなかなか企業の本当の財務状態を把握することができません。日本には公認会計士ではない、「税理士」という他の国ではない会計人がいます。何故でしょうか。これは日本では、会計原理だけではなく、税務が分からないと、企業の経営ができないからです。企業会計原則を原理的に知っていたとしても、違うことが出てきます。
 たとえば、以下の会社の内容で考えます。売上も粗利も、みんな働く社員のおかげで前期よりも随分延ばすことができました。経費もみんなの努力で、かなり合理化して最小限に抑えることができました。経理課や財務課の課員の努力で営業外利益もかなりかせぎました。おかげで営業利益も経常利益も、過去最高の数字をあげました。こうしたみんなの努力で約3億円の当期利益が見こめます。これなら、できたら期末に、特別賞与を社員やパートの人にまで出して、当然各株主にも、かってない配当ができそうです。次期からは、役員の報酬を増やしてもいいだろう。そして内部留保もおおいに増やすことができるでしょう。
 ところが、会計上はこうできるはずだと思っていたところ、税務上は3億円の利益に対して、2億8千万円の税金を払わなければいけないようです。こうした税理士の試算指摘で、この会社の代表取締役社長は頭に来てしまいます。もう俺の報酬を増やすよりも、株主に配当するよりも、その金を経費としてつかってしまおうと考えてしまいます。どっかへ寄付しちゃおう、銀座で身体を壊すまで飲んじゃおうとなってしまいます。ついでに簿価上は安く抑えられる土地を購入して、その購入にあたっての経費はいくらでも払っちゃおうなんて考えてしまいます。
 なんで日本はこんなに会計上の経理の数字と税務上の数字が違うのでしょうか。まったくそれは国家の肥大化です。肥大化した国家があるからです。
 また、大蔵省の役人たちは、こうした際の情報の基本である複式簿記がさっぱり分かっていません。一般企業では、社員に払う給料は損益計算書に載る経費たる一般管理費ですが、有価證券を購入したとしたら、それは貸借対照表の資産の部に載るわけですが、大蔵省の予算や税制は公共事業に投資するのも、年金や給料を支払うのも、単式簿記上の同じ支出でしかありません。まして金利という概念はさっぱり分かりません。だから、こんな連中は一般企業の複式簿記を理解するのは大変に難しいことになります。それを学んだとしても、今回不況産業になってしまった、金融機関、たとえば證券会社の試算表、あるいは銀行の試算表、損保および生命保険会社の試算表が理解できるわけがありません。こういう金融会社の、「売上って一体何?」「仕入原価って何?」という問いに彼らは答えられるでしょうか。
 だから監督なんかできるわけがないのです。これは社会主義国たる、中国や過去のソ連の官僚たちとまったく同じなのです。

 さて、ここででも確認のために言っておきたいのです。会計や経理の原理を分かっていることは、決して経営をすべて分かったり意思決定できたりすることではありません。何故なら経理財務上の数字というものは、常に過去の数字でしかないからです。だが、人が人(これは法人も含みます)に、自らのやった営業活動の結果を伝えるのには、限りなく現在に近い数字で表して、それで伝えるしかないのです。また伝えられる方も、その数字の意味が明確に把握できなければなりません。とくに現在はコンピュータがこれだけ発達しているのですから、それはより簡単にできるようになっているはずなのです。
 簡単にということは、できる限り時間的に素早くできるということと同時に、資産なら資産、負債なら負債の内容をできるだけ正確に表現できるのだということを示しています。資産の部に載せる「投資有価証券」の価格が「なかなか分からないから確定できないんだよ」というのは、嘘であって、いまや毎日でも表現できるはずです。いわんや、1月に1回の試算表なら、もっと楽です。1年に1回の決算ならもっと楽なはずです。アメリカの企業ができることを、どうして日本に企業ができないの。同じコンピュータ使っているんでしょう。

 実は、ちょうど先週の木曜日に相談のあった問題の会社(そこの社長からの相談ではなく、被害を受けてしまった側からの相談)のことでも、上のことをおおいに感じています。始めてお会いして、実に4時間半に渡って相談に応じていたのですが、そこの会社は日本の優秀な調査会社である東京商工リサーチの情報では、優良企業になっているのですよ。つまりは、この企業は「逆粉飾決算」をやっていたわけです。それが東商はまったく見抜けていないのです。そして、ここで長く顧問をやっていた税理士及び弁護士も責任は重大だと思われます。
 この会社は大きな会社ではありません。でも今回の山一と同じことを感じてしまっていました。

 山一證券が自主廃業をしたことに関して、いろいろなところでいくつものことを話してきましたが、今はただ以下のことを思います。
 山一の社員は7千人くらいだそうですが、その社員はいろいろと引き受け会社が出ているようです。そうした動きはいいことだとは思いますが、それにしてもなんだか割りきれない思いがあります。
 山一の関連企業にはどれくらいの人が働いていたのでしょうか。そして関連会社ではない、いわゆる下請とでもいうべき中小企業はどのくらいあったことでしょうか。文房具を入れていた会社、名刺を印刷していたところ、封筒を印刷していたところ、いくつかの広告代理店…………………、山一だけで生きていた会社もいくつもあったことでしょう。そうした企業もいくつも倒産するでしょうね。こうした会社で働いている労働者には誰が手を差しのべてくれるのでしょうか。