1112131211121313 11月3日にPC学園設立事務局の「パソコン自作講座」の2回目の講座だったのですが、その日は秋葉原の自作パソコンのショップを歩いて回りました。このお店を出たときに、ある人がいいました。

  秋葉原の店って、これで儲かっているのかしら?今の店なんか
  来週来たらつぶれているんじゃないかな?

 彼はあまりに安いので、あれでどうして利益をあげられるのだろうと思ったようです。私はすかさず、「そんなことはありませんよ、あの店はね…」と説明しました。だがこの疑問ははじめてこの講座に参加した人が皆抱いていたことのようでした。
 私からいいますと、彼らは偶然にもみな大会社の社員の方々でした。彼らの思いからは、「あんな安くてたぶん利幅が薄いから、到底利益はあがらないだろう、でも賃料は高そうだし、どうするの?」というところでしょうか。
 しかしこのことは、私は世の中に多くの経済評論家やマスコミにも見られてします見解なように思いました。マスコミでは「秋葉原はパソコン販売不振で凋落」というような記事を見たこともあります。事実「ティーゾーン」の営業不振も伝えられましたね。私は先月で日経産業新聞の購読をやめたのですが、その理由の一つに、なんだかさまざまな経済の実態を、もはや正確に伝えられなくなっているのではとこの新聞グループにも感じたからです。あれだけの秋葉原の裏の裏まで、自作パソコンへの人たちが群がっている事態を見ているのかといいたいのです。でも彼らはいうでしょう。

  自作パソコンだなんだって言ったって、あんな安い商品がいく
  ら売れたってたいしたことはない、ことはNECとか富士通のパ
 ソコンが売れて業績があがりつつあるというのなら判るけれど。

 私がいいたいのは、日本の経済を支えているのは、多くの中小企業なのです。この中小企業が活性している限り、この日本はまだまだすてたものじゃないのです。中小企業は小回り機動性がありますから、いくらでも形を替えて、力強く立ち回れるのです。その姿をあの秋葉原に如実に見ることができます。そしてエンドユーザーもそれに見合った形で賢くなっています。秋葉原のあの混雑した姿、猥雑ともいえる(なにしろ街のあちこちでいろいろなジャンク品が路上に並べて売られている)ような姿が、日本の経済を支えるたくましさだと思うんです。
 そして秋葉原を歩きながら思ったのは、昔行われた吉本(吉本隆明)さんとフランスの思想家ボードリアールの対談です。1995年2月19日東京新宿紀伊国屋で開催されたお二人の対談です。ここで吉本さんは、爛熟した消費資本主義社会のことを述べます。そして「消費は生産である」という概念を丁寧に説明していきました。だがボードリアールはこれが気に入らなかったようです。彼は世紀末ということから「資本主義の死」ということを述べます。そして現在の消費万能の大衆に警告したいらしいのです。吉本さんはたぶんうんざりしながら、それこそ丁寧に説明していました(だがフランス語と日本語ですから、そのたびに通訳者が訳して伝えるわけで、当人も聴いている私たちもたいへんでした)。
 もう私は腹がたってきました。

  このボードリアールだかなんだか、このバカヤロウ!。「消費
 は生産である」と述べ出したのは、もともとお前の本の中じゃな
 いか。それからそもそも「消費は生産である」と言い出したのは、
 お前の大好きなマルクスじゃないか。そんなに社会主義の崩壊が
 悔しいのか。もう、フランスへ帰れ!

とばかり心の中で毒ついていました。
 まったく今私は秋葉原を歩いていて、あのときのボドリアールの話にならない思想的凋落さ、といつも原則的な見解を見事述べることのできる吉本さんを思いました。そしてその吉本さんの言われることが今目の前で、秋葉原で展開されていることに深く深くうなづいていたのです。