2011年12月23日
「北朝鮮による拉致問題について」(2002.09.23)
北朝鮮に拉致されていた日本人のことでは、「やはりそうか」という思いの中で、やっぱりどうしようもなく悔しくて悲しくて涙ばかり流しました。おそらく日本中の誰も同じだったのではないでしょうか。それにしてもやはり、悲して涙を流すばかりではなく、心底腹がたってきます。
いったい歴代の日本の政府、日本の内閣は一体何をしてきたのでしょうか。ついこの間まで、この問題を事実として認識していない政治家がたくさんいたわけではないですか。このことは保守系政治家だけではなく、旧社会党そして現社民党こそ、実にひどいことをやってきました。北朝鮮こそが理想の楽土であるようなことを言い続けてきたではないですか。また日本共産党の志井とかいう委員長の談話にも腹がたって仕方ありません。お前らがいつの時点から、この拉致問題を言い出したと言えるのだ。
そして、新聞等々のマスコミを見ますと、今まで、このことを日本人が言いだすと日朝の友好に良くない、第一これはまだ「拉致」と言えることかどうかは判らないではないか、と言ってきた数々の識者およびマスコミが、手のひらを返すように、今になって日本政府の姿勢を批判し出しています。「お前らにそんなことを言う資格があるのか」
私の友人の高沢皓司さんが「宿命『よど号』亡命者たちの秘密工作」(新潮社)を刊行したのは1998年8月のことです。この中で高沢さんは、よど号グループがいくつもの日本人拉致をやった事実を詳細に記しています。だが、この本を出してから、高沢さんは、たくさんの新左翼(とかいわれる部分)・市民主義グループより、「嘘つき」「裏切り者」呼ばわりされてきました。おそらく彼自身が身の危険を感じることもあったのではないでしょうか。残念なことに、彼には今も連絡が取れません。
私のサイトに次のページがあります。
金丸はなぜ逮捕された?
(これは、「金丸信が逮捕されたのは、北朝鮮問題である」
と私が推論した文章です)
これを私があるパソコン通信ネットで書いていたときにも、この拉致事件については、「そういうまだ不明な問題を書くと、北朝鮮についてよくない印象を持ってしまうから、書くべきではない」という反応がいくつもあったものです。また、実際に「こんな書込みはやめろ、削除するだけではなく、ちゃんと自己批判しろ」という脅しもありました。
この中にある以下の文章の中で私は朝日新聞を引用しました。
新「金丸はなんで逮捕された」(1993.03.24)
(ここと上の「金丸はなぜ逮捕された?」2つもまたいずれ
UPします)
その中で1991年5日16日朝刊の中で、五島隆夫とかいう評論家が次のように言っています。(できたら上の文章で全文読んでください)。
日朝交渉で北朝鮮に照会、大韓航空機事件の李恩恵 外務省方針
91.05.16 朝刊 1頁
○日朝交渉に影響心配
朝鮮問題評論家・五島隆夫氏(44)の話 17日に北朝鮮のチャーター便が商業ベースで日朝間を飛ぶなど、日朝間の国交交渉が予想以上に進展している。朝鮮半島の南北交流も活発化している。この時期に「なぜいまさら」という気がする。国民に事件を思い出させ、「北朝鮮は怖い国」というイメージを与える可能性は否定出来ない。李恩恵が日本人と特定されれば、身柄引き渡し問題が日朝交渉のテーブルに上がり、大きなネックとなるだろう。進みかけた交渉が遅れることがなければいいが。
こうした言い方をする識者やマスコミが、ついこの間まで大勢いました。
1999年に有事立法とかいうものが国会で審議されていたときに、私はそのころ参加していまして松戸自主夜間中学校の「憲法記念日の会」で、
有事立法を無理に通そうするときに、何故か日本海に不審船が
現れる
というようなこと(すなわち、有事立法を成立させたい勢力が不審船とやらをデッチアゲているといいたいのです)を堂々と書いているビラが配られていました。書いていたのは、戦前戦後を通じて反戦に生きてきた老女性活動家なそうでした(私しゃ信じないけれどね、こんな曇った眼しか持っていない人が戦前も戦後も闘ってきたなんて、私しゃ、信じないよ)。私は怒りを覚え、強く抗議しました。現実に明らかに北朝鮮は工作船を使ってたくさんの日本の男女を以前から拉致し続けていたのです。そのことを私は言い続けたものです。そのことを指摘しない奴なんか、戦前もただただ権力に屈伏していただけでしょう。
また北朝鮮国民が飢餓状態というので、食糧援助という米を大量に送ったこともありましたね。私はあれにも大反対でした。国家として日本人を拉致するような北朝鮮、日本にテポドンを打ち込もうという北朝鮮に、何故米を送んなくちゃいけないの。そしてもう送ってしまった以上は、みな飢えている人たちの口に入るんならいいけれど、今もってもそれは判らないじゃないの。みな軍隊がとっちゃったのよ。
その頃、ある飲み屋で、初対面のおばちゃんが、「北朝鮮に米を送ろう」という署名用紙に署名してくれと話しかけてきました。私は断乎「冗談ではない」と言い出しました。
ちょうど、あなたと同じくらいの年の李恩恵といわれる女性を、
北朝鮮は抑留しているんですよ。彼女には、子どもが二人いるん
ですよ。そんな国に何で米を送るの。彼女以下、たくさんの男女
を日本に無事返してきてから、米でも何でも送りましょうよ。
と私は言いました。彼女は最初は「そんなのはデッチアゲ」といいましたが、だんだん私のしつこい言い方に黙って聞いていました。ときどき「そんなの本当なんですか」と合いの手を入れてきました。
だんだんと打ち解けてきまして、彼女はやっと自分の子どもが大学に入って手が離れたので、これからは「社会の為になるようなことをしたい」ということで、こうしたあるグループに入って政治的な活動をし出したということでした。そのグループは、とくに市川房枝の政治理念を理想においているということでした。私の話で「北朝鮮のことは、やっぱり変なのかな」と少し思い出した彼女も、「でも市川房枝と言ったら、誰も立派な女性政治家と認めるはず」と思い込んでいたようです。でも相手は私なのです。私は市川房枝なんか、絶対に許さないのです。
私はもうそれこそ、滔々としつこく話し続けました。そのおばちゃんは、とうとう、「また考えてみます」と去っていきました。
あのおばちゃんは、どうなったのか判りませんが、今もまたあのおばちゃんのような人がついこの間まで、「拉致問題なんて、日本の反北朝鮮勢力のデッチアゲ」と言って回っていた気がします。
だが今の今こそ、もうそんな人たちも事実を眼の前にできたはずです。もはや今後北朝鮮と国交回復ということを目指していくとしたら、とにかく数々のことを明らかにしていかなければなりません。北朝鮮の国民自身が自らたくさんの事実を知り、そして彼ら自身の事実も述べてもらわねばなりません。一体日本人の拉致された人はあれだけなのですか。韓国は486人といいます。でも日本人も、韓国人も、もっと大勢いるんではないですか。北朝鮮の国民でも、一体どれくらいの人が収容所に入れられているのですか。おそらく、こうしたことをすべて情報公開していければ、北朝鮮政府は崩壊していくはずです。
北朝鮮の金日成、金正日一族は、もう随分前から北朝鮮の崩壊を予定しています。彼らはオーストリアのウィーンに金徳銀行という金一族のためだけの銀行を持っています。ルーマニアのチャウシェスクもそんなことはやっていません。いやヒトラーだってスターリンだって、そんな破廉恥なことはやりませんでした。こんなひでい連中の崩壊は迫っているのです。
そして、実に嫌なことですが、こういう日朝国交回復、そして日本が北朝鮮を財政援助するということになると、またその援助金を日本の自分の手に還流させようという政治勢力が出てきます。残念ながら、今そういう道を造ろうという政治勢力が必死になっているのが見えるような気がします。
北朝鮮による拉致問題の非情な情報をテレビで見ていました。予想はしていたけれど、でもひどい事実です。私はまたソルジェニーティン「収容所群島」を思い出しました。亡くなられた方々というのは、間違いなく収容所の中で処刑されてしまったのでしょう。反革命分子を処刑するのですから、何らの躊躇もせず処刑したものでしょう。そしてこのことは、今後もありえます。だから、すべてを明らかにしなければなりません。
ロシア革命がいかにひどい非人間的革命だとしても、事実を刻銘に記してくれたソルジェニーティンがいました。今北朝鮮には、その一人のソルジェニーティンもいないかもしれません。でも、きっとこうしてインターネットを始めとして大勢の人たちが知る限りのことを述べていけば、絶対に変わるはずなのです。
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この記事へのコメント
こんにちは。中国が北朝鮮を「わが国の省」とすることはかなり難しいと思います。北朝鮮内にも、中国に飲み込まれるくらいなら、韓国と統一したほうが良いという派閥もあるでしょうし、それに北朝鮮はロシアに国境を接していることを忘れてはならないと思います。北朝鮮内部にも親ロ派がいることを忘れてはなりません。それに無論のこと、韓国や、米国のことを忘れるわけにはいきません。世界は、異なる見方をしています。私のブログでは、今後の北朝鮮の三つの方向性を示すとともに、わが国日本が本来もっとこの問題に関わっていくべきであり、わが国ももうそろそろこの問題に対して自ら進むべき道を選択できるようにすべきことを掲載しました。詳細は、是非私のブログを御覧になってください。

















































































