藤村の小説の中で『春』は登場人物が一番生き生きとしている。若い男性同士の生き生きとした会話や、理想的と思える友人関係が描かれている。漱石をはじめ『破戒』を評価する声は高かったが、ではなぜ藤村はその後、『破戒』のような社会思想的な意味を含んだ小説を書かなかったのか。それは藤村自身が本来的には、そうした社会思想や差別問題に一貫した関心をもっていたわけではなかったからだと思う。その後、自分の書きたいものを初めて書いたのが『春』であり、一番主要な作品だと思える。
（「島崎藤村『春』」毎日新聞に発表され、「日本近代文学の名作」2001.04.15毎日新聞社に収録された）
吉本さんが島崎藤村の小説について言及したのを見たのは、私はこれがはじめてです。藤村という作家は私はどうしてもあまり読みたい考えたいという存在ではありませんでした。一応一通りの作品は読んだつもりではいますが、あまりその内容に引きつけけられることはありませんでした。ただ、この吉本さんの言われることで、藤村が日本の近代文学の中でうまく貼り込まれた気がしています。『春』だけは、また読み返してみようかなという気持になりました。
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