12022110早速メールいただきました。以下に掲載します。私が「リンクス(友人・知人)で紹介しています「IC (消費者・行政サービスセンター)」の大村さんからです。

件名 : インターネットで横超の王超や。
日時 : 1998年12月9日 3:55

 中坊不公平氏の、司法ファッショ的ジュウセン処理についての、能書き(安田弁護士不当逮捕の源泉は、このオッサンなのやな。この件自信あるぜ、このワシの能書きと想像力を駆使した能書きにはな。)
元日弁連会長であり、現ジュウカンキコウ社長中坊公平氏は何故、「バカボウフコウヘイ」とか「アホボンフコウヘイ」氏と揶揄されたり、国家金融強力権力である大蔵官僚とつるみ、国家強力法権力である法務官僚と連携協力し、司法ファッショ運動の尖兵となったか、不真面目でマジな論証・検証してみようではないか!!

 先ず、司法ファッショのファションヘルス・ファションショウのファッションと語源はおんなじなんやな、これが。ちがっとてもかまわけど、ワシの博学ひけらかし、現代ラテン語のイタリヤ語どうのこうのという能書きはおいといて、ワシも奇麗なオネーチャンのファションなら好きやから、問題にはせんのやけど、司法ファッショの方はこれと全く違っとんのやな、これが。只、両者の共通性は流行性・伝播性なんやな、こまったことに。なんもワシは、ねっからの「自由人」であるワシは、ヘルスやショウの方が流行るのは大いに結構なことやと当然おもっとるよ。しかしな、司法ファッショの運動の方は、一言で言えば、困った事に、民間同士や個人同士で解決すべき問題を、解決出来る問題を、又、オウム事件に関して言えば、刑事事件にならような些細な事件を、法権力を公的権力を意図的に介入させ、逮捕・起訴・処罰させるようにして、個人や組織の「自由」を弾圧するある種の運動なんや。ワシらのように、己の精神と肉体だけを頼りの自立者・自由人と正反対の、国家権力・法権力依存症という倫理・道徳病なんや。モチ建前だけの正義を振りかざし、前科ものの汚れやヤクザや反体制の右や左、それに脱体制派や「自由人」を、些細なことでいちゃもんをつけ摘発させるうんどうなんやな、これが。それに、世の中景気が悪く、皆ストレス溜まってそれが過剰になっとると、こいつらは誰にでもある、人間の倫理性に訴えかけ、責任論である種の個人や集団を生け贄の山羊として血祭りあげよんのやな。それもマススメディアを巧妙に利用し、生け贄血祭りのための雰囲気・環境作りをやりよるから、こらなおタチ悪いがな。
 みてみいな、オウムの麻原公判100回で、ちっとも裁判進行しとらんやないか、とマスメディアがそろって吠えとったやろ。ハヨウ麻原を死刑にして、血祭りあげんかい!と吠えとったやろ。被害者面して被害者の家族親族でも何でもない連中がやぜ。なんでやといったら、麻原の主任弁護人安田が当り前の弁護士としての仕事しとるのが法権力にとっても又マスメディアにとってもおもろうないのや。どっちが先にデキレース考えたかどうか知らんが、もしくは無意識の部分での連携か、メディ権力と法権力がお互い意図的に連動しとったかどうかはワシには解からんが、はっきりしとることは、安田はマスメディと法権力の生け贄になったこいとだけは、普通の思考能力・想像力・判断力あれば、わかることやろう。その尖兵として、ワシと同じ京都の近所で生まれ育った中坊・ジュカンキコウの社長の働きかけがモチあったんや。民事問題でしかないものを、又、民事問題として解決することこそ、社会が国家から、自立する、さらに又個々人が自立するために必要なのにや。それを告発としょうして、法強力権力・国家強力権力の介入を組織として、やってきたのが、中坊・ジュウカンキコウなのや。ワシにも解からんでもないぜ、ワシも古代社会を抱えこんだ日本社会に、特にその中核である京都で生まれそだったんやから司法ファッショ運動に走る感性わな。それはおいといて、どちらにしても中坊は司法ファッショ運動の尖兵ということになるのや。わかるわなこれぐらいの話しは。しかも元弁護士としての職業倫理である「人権」を守るということは、どっかでほってきてしまいよったんんやな。それが弁護士の基本なのにな。なんぼ元弁護士元日弁連会長という元であってもだ。まあワシには「人権」と言う観念には疑問というか異議があるとしてもだ、その点批判する権利はあるやろう。なんやかんやいっても、元弁護士会のおお親分やったんやからな。
 このオッサン、まあいったら、元市民主義運動家でもあったわけなんやけど、今でもそうおもっとるかもしれんけど、しかし、市民主義者であれ、左であれ右であれ、なんでもかんでも司法ファッショ運動をやる感性は皆もっとるから、ワシにはようわかるのやけど、このオッサンの書いたもん読めば、司法ファッショ運動にのめる込むこのオッサンの人格、感性がようわかるよな。確か2年ぐらい前やったと思うけど、朝日の論壇という投稿欄に書いてたもので、「偉いこと」かいとったよ。それはまあ、「高尚」な職業倫理を言説しとったんやな、これが。何やいうたろか。この「高尚」な倫理・論理はワシには死ぬまでわすれられんような言説やったわな。まあ値打ちつけんと、一言でいえばやな、弁護士・医者・坊主という職業は人の不幸で飯食うのやから、金儲けのこと考えたらいかんのやと、まあ、ものすごいインチキ名言説を吐きよったがな。確かに坊主も医者も弁護士も人の不幸で飯食うことにはまちがいわないわな。しかし、己は弁護士を専業でやれんでも、京都で観光旅館の名前だけの社長で飯食えるようになっているからいいもんの、他の専業の弁護士・医者・坊主は金儲けせんかったら、どうやって飯食ってシノイデいくのか、聞いてみたいな。まあ、悪い坊主も確かにおるわよ。ワシの母親死んだ時、ワシの実兄に、坊主が遠回しに、戒名に高いのか安いのかどっちにしますか、なんてきいとったからワシもなんか違和感あったのは確かやからな。市民主義者や右や左がファシズム・スターリニズムに走る根拠はここに在るのやな。どこやといったら、そら、清貧主義というか道徳主義にあるのや。「運動」に走る契機は誰でも、政治的とか社会的おもろうないことが行われ、それに対する倫理的感情というか怒りに駆られて走り出し、運動にコミットするもんやからな。だから何度も言うようにワシも解からんでもない、というのや。しかし、そのような契機で走り出しても、誰でもいい恋愛・いいセックスもしたいやろうし、美味いものを食いたいやろうし、金も欲しいやろうし、いろいろおもろいことも体験したいやろうがな。名画といわれる『キャバレイ』・『カサブランカ』のハンフリー・ボガードの映画見れば解かるやろ、ちょと金儲けに汚れた奴ほど、ファッショに走らんのや、これが。きれいごといわん奴がホンマもんや。国家や人民のためや国民のためや党のためや宗派のためや、ジュウセンで言えば、税金の二次損失は絶対ださんのや、中坊みたいにわしは給料は絶対イラン(なんやったら、ワシ代わりにモラッテやりたいけどな。飢え死にしかかってるもんな。)のやと、言う、キレイゴトをいうのはみなインチキやし、司法ファッショに走りよるのやな。それは歴史的にも証明されとるがな。それにワシはジュカンキコウ
の人間と仕事上の件で何人かと話したことあるが、皆いっとったよ、社長が給料イランといわれれば、わしらは仕事しにくくてかなわん、とホンマいっとったし、ホンマその通りやろうな。

 ともかく、こんなオッサンに日本が北朝鮮並みの国に落とされたらかなわんがな。逆にもっと誰にでも住みやすく、誰でも安心立命できるようなシステムを作ろうと、まあ、あんまり熱狂的にはちっとも思とらんけど、しかし少しはおもっているのは事実やから、こんなオッサンにこれ以上住みにくい国にせんといてもらいたいがな。
 今日はここまでにしとくわ。平成10年12月8日夜

 東京では偉いことなっとるやないか。この間、マスメディアが浅原公判100回目で、一向に裁判進行せんということで、単にまともに刑事訴訟法の法手続きに基づき、裁判所の無茶苦茶な、月4回のペース(これでは普通、他の刑事裁判や民事の仕事やれんから、弁護士は飯食っていけんペースやで)でもそれに合わせようやっとる弁護団を、アホな批判やっとったと思ったら、それに連動して浅原の主任弁護人の安田が、なんと警視庁に逮捕されとるやないか。不動産屋かなんか知らんが、その人間にアドバイスしただけやということや。昔、ワシも個人的に世話になったことあるし、竹本信弘(=元京大全共闘の助手共闘のおっさんや。朝霞自衛官強盗殺人事件・これででっち上げされた事件、発生したのはもう25年以上まえの事件の話しやが)救援の時には長い付き合いしたから安田はようしっとるが、違法行為をそそのかしたり、違法行為をアドバイスせん馬鹿マジ堅物弁護士や。ワシが弁護士なら安易に裏の手こんなんも在るとかいうアドバイスぐらいはするけどな。強制執行妨害やなんて、こんなアホな、デッチ上げで起訴は、まともな検察ならせんと思うが、今、世の中景気悪いからアホみたいに、スケープゴートを求めて警察も検察も「働き過ぎ」の司法ファッショ「運動」やっとるから、こら分からんで。

 昔、山口組の顧問弁護士やった山之内弁護士が大阪府警と検察が連動して、山之内を起訴したケースと同じやな。同じになるのを、ワシは危惧しとるんや。
 こんなアホことで、マジな弁護士を逮捕さすようでは、又検察の起訴を、弁護士会が許すようでは、もう、日本には弁護士会も不要やし、全国の弁護士会も、その所属弁護士等は日本には「民主主義」は不要やということを証明することにるのではないかな。ワシ等だって、今でも飯食いにくくなっとるのに、これ以上、検察・司法ファッショさせたら、イキするのもしんどうなるのと違うかな。

 そうゆう意味では、きちっと、ちゃんと反撃を開始せんとあかんのと違うかな。コラ、ホンマ超ラヴラヴならOKやが、こら超司法ファショや。ホンマニホンマやで。   平成10年12月6日夜

   追伸:浅原弁護団に一言言いたい事は、月4回の公判ペースは、こんな重大事件では、月一回でも大変なんやと、月4回なんていうのは、職業上の倫理観と名誉感だけでもっているようなもので、生活者としての、飯食う生身の人間としては不可能なほど無茶苦茶なんやと、その点を単にマスメディアだけでなく、インターネットのHP上に掲載して、又、世界中の色々面白そうなHPにリンクさせ、アピールを出し、アピールをし続けなあかんのとちがうんかな。何時でも何時でもまず自分が自分の生活者の立場をもっともっと前面にだしながらやってないとこあるから、ワシにはそう見える、なんか「職業上の倫理観・名誉感」だけで頑張ってる集団やないか、それもワルうはないかもしれんけど……・・。きれいごとを前面にだしてやれば、司法ファショの、きれいごとの頂点の、「正義運動」には拮抗出来んのとちゃうんかな。