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12031703  私のハルノ宵子『緑の呪文』にたつきさんという方から、次のコメントがありました。

はじめまして。
吉本隆明が亡くなってついハルノ宵子さん関係の検索をしていたらこちらに辿りつきました。
それにしても吉本隆明の娘さんでも、ばななの方ではなくハルノ宵子さんを存知とは驚きです。
あの方はマンガ同人界の方では高名でしたが、寡作なせいもあってかあまり知られていないのですよね。
でも、読んでいる人はきちんと読んでいるんだ、とわかって安心いたしました。
私もあの人の独特の世界観と、不思議な絵とに一目ぼれをしたものです。
2000年代に入ってはほぼ仕事をしていないようですが、早くまたハルノ宵子さんの感覚に触れてみたいものです。
ところで、母の影響で私も短歌をやっているのですが、吉本隆明に短歌に触れている本があったのですね。
先日、母が友人に「短歌と和歌の違いはなにか」と聞かれていました。母は「子規以前と以後だ」とかごまかしていましたが、本当はどうなのでしょう。
さっそく、ハルノ宵子さんのお父さんの本を読んでみたいと思います。
それでは、突然にしつれいしました。

 ありがとうございます。
 ハルノ宵子さんは、作品のことではなく、少し私がお会いしたときのことを記します。
 60年安保全学連島成郎(しましげお、全学連書記長、なおこのときはブンドが主導)さんが亡くなられたときに、私は言われるまま、会場の警備係をやっていました(私は何故か島成郎さんも、その奥様もどうしてか親しかったのです)。そのときに、吉本さんがおいでになったのです。割と小さな車に乗られて、私はその車に乗っていたハルノ宵子さんに、すぐに「ハルノ宵子さんですね」と御挨拶しました(車を運転されていたのが、宵子さんの彼氏かなあ、なんて思っていたものです)。吉本さんは、すぐに帰られました。思えば、あんな時があったのでしたね。そののちにも島さんの奥さまからはいつも丁寧に挨拶されています(いや吉本さんの奥さま和子さんにもいくつもの思いがあります。ただただ「ありがとう」なのです)。
 ハルノ宵子さんの漫画は、出版されている限りはすべて読みました(もちろんばななさんの作品も同じです)。今後も読むつもりでいますが、今後はどうなるのかなあ。

「短歌と和歌の違いはなにか」ということですが、私には苦手な思いしかないので、「分からない」というのが正直なところです。ただ、お母様の言われている「子規以前と以後だ」というのが、けっこういい言葉ではないかと思うのですね。和歌とは、その中に長歌、短歌、旋頭歌、あと一つあったようですが、そういうふうにあって、近代でも私の好きな長塚節は長歌をけっこう書かれています。長塚節は、「土」を書かれていまして、それが夏目漱石に誉められていまして、でも「これは漱石がいけないよな。やたら誉めちゃうからな」なんて思うのですね。漱石に誉められた幾人もが私にはとても可哀想になります。
 それが私には正岡子規にも感じられるのですね。正岡子規がいいました万葉調、古今調のことなんか、私は実に腹がたつのですね。
 でも、このことで、私は先ほど書いていた私の「吉本隆明鈔集」の二日先(私はいつも二日先まで自分のパソコンには書いています)で、偶然このことが書かれていました。
それをここに載せます。私が苦労して考え載せるよりもいいでしょう。

吉本隆明鈔集405「現在の俳句と短歌の違い」

 現在の俳句と短歌の違いをいえば、やはり俳句のほうが様式として新しく、ひとりでにモダンな要素を醸し出す表現であるといえるのではないか。同じ作家が短歌も俳句もつくるとすると、短歌のほうがどうしても古いと感じられる。
 今、俳句を詠む人が短歌に比べて多いのは、より短いために入りやすいということもあるが、俳句のほうがモダンな感覚を盛り込みやすく、現在の感性でも容易に入っていけるのだと思う。
(「現代日本の詩歌」『俳句という表現』2003.4.30 毎日新聞社)

 今テレビで見ていましても、五七五という俳句あるいは川柳の形式のほうがいくらでも書かれています。「季語」を入れなければ、「俳句」とはいえないのでしょうが、私はこうして、考えに考えていたところ(私はパソコンにではなく、常時持ち歩いている「ポメラ」で上の文を書いていました。いえ私はポメラだけでなく、IS01もガラパゴスも常時に腰のベルトのデューロカーゴに入れているのです。孫がいつもそれで遊びます)でしたが、でもこの吉本さんのがいいんだと、今気がついたものでした。