1205070112050702 日本語はアクセントの強弱や高低はあまり意味をもたず、訛音(なまり)と区別できない。別の根拠からいえば、アクセントの強弱や高低は一義的に決定できないほど、平板なためだといっても、同じことだ。「うミ(海)」と「ウみ(膿)」は一応アクセントの別が設けられるが、逆になっても、文脈の上から区別できさえすれば、許される。地域的な訛りの違いでもありうるからだ。また「水」を「みズ」と言っても、異なった語彙としてかんがえられるほどのアクセントのきびしさはない。またアクセントの強弱や高低によって「水」と「見ず」が混同されることもない。こういう視点からみれば同音異語の多さは、日本語の特色とさえいえよう。
「詩学叙説」2006.1.31思潮社『詩学叙説』

 私は外国語との比較が明確にできないから、はっきりとは判らないわけですが、中国語やフランス語を思い浮かべると、「そうなんだろうな」なんていう想像がしてくる。このことは私たちの使う日本語の大きな特徴なのだろう。だから私たちは外国語を学ぶときに、大変な思い、気恥ずかしさと言っていいようなことを感じることでもあるのだ。