歌名    背くらべ
作詞    海野  厚
作曲    中山晋平
 唄     平井英子

一  柱のきずは  おととしの
    五月五日の  背くらべ
    粽たべたべ  兄さんが
    計ってくれた  背のたけ
    きのうくらべりゃ  何のこと
    やっと羽織の  紐のたけ
二  柱に凭(もた)れりゃ  すぐ見える
    遠いお山も  背くらべ
    雲の上まで  顔だして
    てんでに背伸  していても
    雪の帽子を  ぬいでさえ
    一はやっぱり  富士の山
                (大正八年)

1205070312050704  なんとなく懐かしい歌という気がしてきます。よく大昔父に兄弟三人で背を計ってもらったものです。私たちの子どもも、おじいちゃんである私の父によく従妹同士5人神妙な顔して計ってもらっていたものです。柱には鉛筆でずっと印がきずになって残っています。
  私たち兄弟は引っ越しばかりしていましたから、それこそこのきずを見ることはできませんが、私たち兄弟の子どもたちは父の家でいつもこの柱のきずを見ることができます。でももう、そのうち姪の一人兄の娘は結婚してして子どももいます。なんだか、柱を背にして神妙におじいちゃんに背を計ってもらっていた、小さいときの姪を思い出してしまいます。思えば、5月5日はみんな父の家に集まっていました。
  それと今思ったのは、私の自宅にはこうした「柱のきず」はありません。マンションだから、鉛筆なりできずをつけられる柱がないのです。おじいちゃんの家の柱はやっぱり貴重なんですね。
  この歌では、なんで父親ではなく兄さんが計ってくれているのかななんて、小さいときには不思議だったものです。それにしても「粽たべたべ」というところが、なんだか一番懐かしい思いがします。今は甘いものは一切食べなくなってしまった私ですが、子どものときは粽なんて好きだったなと思います。
  あの粽は、もともと「楚辞」の作者屈原が汨羅に身を投げたのを悼んで、竹の簡を川に投げたものが、あのように変化してきたといいます。私は5月5日になるといつも屈原のことを思い浮かべます。
 昔沖縄で働いていたときに、この5月5日に開かれたハーリー祭りのハーリー漕ぎ(ボート漕ぎ)競争(実に私たちの飯場のあった部落では戦後初めて再開されたハーリー祭りでした)に参加したのですが、あのお祭りも屈原の魂を悼んで行なうものです。
 この歌ではいつもそんなことを思い浮かべています。(1998.12.01)