2012年05月13日

吉本隆明鈔集456に目森一喜さんからのコメントの2

1205130212051303 これを一旦は書いたのでしたが、私のおはぎ家族5人が車で来ていて、私はあわてて、あれだけ書いてUPしてしまいました。それで、私は車の中で、この「言語にとって美とは何か」のことを考えようと思っていたのですが、もう3人の孫が来ると、もうそんなわけにはいきません。
 ミツ君の車で、島忠家具センターまで行きまして、そのあとみんなが来て、私の家で食事です。それが終わると、もう三匹は私の部屋に入ります。もう三人は私の椅子に乗りまして、私がパソコンを「順番よ、順番でやるの」といっても、聞くわけがありません。
 ポコ汰は真っ先のパソコンを終えて、ガラパゴスでゲームをやりだします。ポポは一番小さいから、何がやりたいのか分かりません。ただ暴力でおねえちゃん、おにいちゃんを押しのけようとします。ポニョは一番優しく見えますが、実は一番したたかです。一番おろおろしているのは、私じいじです。
 そのうち三人はベランダに出ます。ばあばが一緒に出てくれて少し安心です。そのうちに、ポニョは私のいくつもあるシールの用紙(これがいくつも何枚もあります)を手に取りまして、いくつもそこらへんに落として、でも最後は家に持って帰りました。
 だから、この『「言語にとって美とは何か」を考えよう』としたことは、少しもやれませんでした。

 私は次のように書きました。

私は「言語にとって美とは何か」は、丁寧にすべてを二度読みましたが、今もあれをまたなんらかの方法で誰かがやってほしいものです。なんらかというのは、明治以降の文学でたどるのではなく、それ以前、清少納言・紫式部・更級日記の少女でもいいし、または平成文学のことでもいいと思うのです。

 私はこの本で、例えば、「文学体と話体」「自己表出と指示表出」ということを少しは知ることができました。私自身でもう少しこれらのことを頭の中で説明整理できたらと考えています。
 まだまだ私はやり切れていないのですね。今後もっとやっていきます。



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