2012年05月18日

吉本隆明鈔集464「老齢」

12051713 わたしは現在、老齢だといっていい。神社やお寺の境内の樹木には「ボールなげ」の禁止や、お寺の墓地で「遊ぶべからず」の札がぶら下がっていたりする。これでは時代を追って神仏が始源の精神活動の根元だったことを振り返る認識を持つはずがない。わたしは信仰がないから形態的僧俗にことさら関心をもっていない。けれど人間の精神活動の始源としての宗教への考察は持続している。それにもかかわらず、宗教家自体は衰弱を加えるばかりのように思える。現在の状況では、宗教家が宗教を解体できる言葉で考え、現在にこだわる思想が精神活動の人類的な始源に対する考察を深めてゆくことで、接点を明確にするよりほかに方法がないと思える。
(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「まえがき」

 私も今たしかに老齢です。ただそれでも私もやはり「現在にこだわっています。そしてこの「こだわり」はまだまだ続いていきます。このこだわりをなくすときは、もう私が世界に関心がなくなっているときでしょう。



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