2012年05月25日

吉本隆明鈔集471「人間力としての最後の問題」

12052404 このかんがえを最後のところまで突きつめていくと、存在あるいは存在根拠というのが問われてしまう。その問われた場合には、つまり自分と外とのかかわり、他者との関係とか時代との関係といったあらゆる関係がぜんぶどこかに集約されて、集約されていながらその区別はきちっとついているという状態が、ぼくらが現在望み得る人間力としての最後の問題なんだとおもいます。だけど「終え前できているか?」といわれればとんでもない話で、しばしば逸脱している。
 そのことは自覚したうえで、でもそこまで集約できれば、それは現在であるかぎりは最後の問題がそこに集約されてしまう。そしてそれは一種の存在することの問題に帰着してしまう。そこまでうまくいけばいいわけだけど、いけないないのが今の状態なんです。かんがえだけでも、あるいは精神だけでもそこまでいきたいといっても、いまとってもいける根拠がない。
『還りのことば』2006.5.1雲母書房「記<空隙>より出る言葉」

 この最後の問題が、「存在倫理」だという。だが今の私には、とても判断理解できていないことである。吉本さんは、「なかなか難しいことになっている」と言われているが、私には、まず理解することから難しいことです。ただ、「こんなことなのかな」という思いだけはあるのです。だが、やはり自分の言葉では説明できないことにいらだってしまうのです。



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