12052504 今日の日経新聞を読んで高峰秀子と高橋泥舟を思い出していました。

2012/05/26 05:47日経新聞の最初に最終面の「黒書院の六兵衛」を読んだ、といいたいところですが、どうしてか今日は一番最初には一面の「春秋」を読みました。そこには、高峰秀子さんの言葉が書いてあります。

 どうすんだ、そんなにトキを増やして。カモ南蛮の次はトキ南蛮でも食べるのか。わざわざ連れてなんかこなくていいんだ。死ぬときゃ、死ぬんだよ。

 私は高峰秀子さんの本は、文庫本になったものは、すべて読んでいたと思いますから、これは知らないな、と思ったのですが、そのあとに(斎藤明美「高峰秀子の捨てられない荷物」)とあって納得です。高峰秀子さんって、こんな感じがありましたよね。
 最終面の「黒書院の六兵衛」ですが、この挿し絵を見て、「勝安房かな、でも少し若いな」と思いましたが、最後に「・・・お待たせいたした、勝安房でござる」とあり、そうかというところです。12052608
 そもそも私は勝海舟というのが、少しも好きになれません。彼は妻と妾を狭い自宅に一緒に住まわせるのです。この日本でも世界でも「妾」の存在は、「家」を「一族」を保つのには致し方なかったのかもしれません。でも狭い自宅に一緒に住ませたのは、世界でも日本でも私が知る限り、この男だけです。
 彼の妻が、「今度生まれてくるときは・・・」「決して、この殿とは出会いませんように」と言ったというのは、実によく分かります。
 昔、柏の布施に広告制作の仕事で撮影に行ったことがあります(1980年代の最初)。檜の家で、「数寄屋造り」の家を撮影に行ったのです(檜の家では、「寄棟」「入母屋」はこの関東には多いのです。「数寄屋」「切妻」は極めて少ないのです)。その家の内部も許可を受けて撮影したのですが、そこには明治の10年代に西郷従道と勝海舟が当時カモ猟に来て、そこで休んで(実際にはゆっくり休むことはできなかったろうけれど)、そこには二人の文がありましたが、私は海舟のは、漢詩は少しも信用していないので(彼の漢詩はほとんどインチキです)、くだらないとしか思えないのですが、でもでも彼の漢詩をすごいものだと思いこんでしまうど素人が今でもいるのですね。
 このことでは、かなり思い出がありますよ。あ、吉本(吉本隆明)さんがこのことを少し書いています。それを読んだときに(1980年代だったかな)、ものすごくうなずいていたものです。私にとって西郷南洲は、今も偉大な人物ですが、勝海舟は実につまらない人物です。幕末の三舟(勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟)のうち、私は高橋泥舟は、彼のやったことも、彼の漢詩も好きです(「子母澤寛 『逃げ水』」があります)が、勝だけは駄目過ぎますね。

 いや高橋泥舟を思い出していました。子母澤寛なんて、けっこう読んだものだなあ。