2012年06月22日

西村和俊さん、ありがとうございます

2017050102 私の「周の掲示板」に西村和俊さんから、以下の書込みがありました。

吉本隆明鈔集2006年05月27日について 投稿者:西村和俊  投稿日:2012年 6月22日(金)02時10分51秒
吉本さんがゲーテに触れられてる文章がどこに載ってたかわからなくて、ネットで検索したら、あなたの「2006年05月27日 吉本隆明鈔集「ゲーテの色彩論」」に出会いました。引用文が(2006.1.31思潮社『詩学叙説』あとがき)となっていますが、その本には載っていませんでした。(『老いの超え方』あとがき 朝日新聞社 2006.5.30)のようです。とにかくわかりましたので、ありがとうございました。お知らせまで。

改めて、この「『老いの超え方』あとがき」を読んでみました。
私の「吉本隆明鈔集」のこの部分を書いてみます。

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吉本隆明鈔集「ゲーテの色彩論」
ゲーテはエッカーマンとの対話で、自分の最もいい仕事は色彩論だと言っている。けれどニュートンの科学的色彩論にくらべて惨敗だと、わたしは若い工科の学生のころ考えて疑がわなかった。これが『若きウェルテルの悩み』や『ヴィルヘルムマイスター』にくらべて、どこがいいのだろうと思ったのだ。
だが、現在なら少し解るような気がする。
ゲーテは、なぜ天然(宇宙)の自然は若草を緑にし(定め)、秋の紅葉を茶紅色にし(定め)たのかを極めようとしたのだ。若草には葉緑素が多いし、紅葉は代謝が少なくなっているから、緑は消えてゆくというのも、眼が吸収するものと反射するものの違いだというのも、若草の緑は人間感性に上向感を与えるからだという心理的説明も、ゲーテにとっては解答になっていると思えなかったのだと思う。
京都の秋の紅葉は、寺院の庭などで風もないのに寂かに落ちていたりする紅褐色がいい。東北の紅葉は、多様な山の樹木が緑から真っ赤まで色相のすべてを鮮やかに混ぜているのがいい。地域の気候差、樹木の種が科の差、「自然は水際立っている」と感じる(認知する)。その生態の謎がゲーテの認知したいところだったのではなかろうか。それはまた、宮沢賢治の迷いと信仰のあいだの謎でもあった。
2006.1.31思潮社『詩学叙説』あとがき

前にも吉本さんは、この色彩論をことを述べられています。私は中学生のときより、ゲーテは好きな文学者でしたが、この「色彩論」だけは、なんだか訳が解らないというか、評価できないものでした。ただ、こうして書かれてみるのをここで知りまして、初めて安心した私がいます。ゲーテをこのように評価できることに、やっぱり私は吉本さんを尊敬してしまいます。
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私は吉本(吉本隆明)さんも大好きな方ですが、ゲーテも大好きで、中学2年の時より読んできたものです。今私のすぐ手にできるところには、「ゲーテ『ヴィルヘルムマイステル修業時代遍歴時代』」(筑摩書房世界文学大系)があります。私に一番近いところにあるのがこの本なのです。

京都の秋の紅葉は、寺院の庭などで風もないのに寂かに落ちていたりする紅褐色がいい。東北の紅葉は、多様な山の樹木が緑から真っ赤まで色相のすべてを鮮やかに混ぜているのがいい。地域の気候差、樹木の種が科の差、「自然は水際立っている」と感じる(認知する)。その生態の謎がゲーテの認知したいところだったのではなかろうか。それはまた、宮沢賢治の迷いと信仰のあいだの謎でもあった。

という、この「あとがき」に書かれているのは、実にいいですね。これは

二○○六年三月二○日 吉本隆明

と、その最後に書いてあります。
なんとなく、今この本をいくつか開いてみても、表紙や最初のほうの写真を見ていても、私はもう「いいなあ」と思い、かつ涙が出てきてしまいます。
宮沢賢治もいいし、西行の歌もいいですね。



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