12071702 この映画はいつ見たのだろうと思い出そうとするのですが、皆目分からないのです。私のこのブログで見ますと、2001年の3月に本の『鉄道員(ぽっぽや)』を読んでいますね。読みながらどこでも涙を流していたものでした。そしてその自分の涙を流した顔をごまかずのにものすごく大変でした。その後はこの作家の本は人前では決して読まないようにしてきました。
 でもその本の『鉄道員(ぽっぽや)』を読んだあとに、この映画を見たものでした。もう映画でも私は涙ばかりになっていたものでした。
 今その映画のいくつものシーンが甦ります。12071701

題名  鉄道員(ぽっぽや)
封切 1999年6月5日
監督 降旗康男
原作 浅田次郎
音楽  国吉良一
配給会社 東映
キャスト
 佐藤乙松  高倉健
 佐藤静枝  大竹しのぶ
 佐藤雪子  広末涼子
 杉浦仙次  小林稔侍
 吉岡敏行  安藤政信
 杉浦秀男  吉岡秀隆
 加藤ムネ  奈良岡朋子
 吉岡肇   志村けん
 杉浦明子  田中好子
 川口    平田満
 集配人   板東英二

12071714 佐藤乙松は北海道の廃止寸前のローカル線「幌舞線」の終着駅の幌舞駅の駅長です。彼はもう妻静枝に二年前に先立たれて、でももっと前に娘の雪子のことも病気で失っています。もうこのことが分かると、もう見ている私たちは涙になるしかないのです。 彼は孤独な生活を送る中、ただこの駅に勤めるしかないのです。それがたくさんの雪の中でただただ厳しい雪と彼の孤独を感じます。もうこの終着駅もこの路線も廃止されるだけなのでしょう。
12071809 でも乙松が一人で幌舞駅の雪かきをしているときに、「忘れ物をした」という少女が現れます。それがこの物語の奇蹟の始まりだったのです。

 もう乙松には、妻も娘も失っているわけですから、もうこの駅とこのローカル線をただ守るしかないのです。だって彼は妻と娘の死にも立ち会わず、この駅のプラットホームにたち続けただけなのですから。きっと乙松はそんな自分に罰を与えるかのように、極寒のホームに立ち続けるだけなのです。 そこを訪れた少女は「今度一年生になるの!」という少女は時代遅れの人形を抱いています。「この町の子ではないな」と思うだけの乙松です。
12071715 この娘が乙松の亡くなった娘雪子なのです。そしてその雪子が乙松の前でだんだん大きく成長していきます。これは奇蹟の話なのですが、もう乙松も娘や妻のところに行く寸前なのでしょう。

1207171612071717 この映画の中で何度も「テネシーワルツ」が流れます。これは故江利チエミ(高倉健の元の夫人です)の代表曲です。この曲が流れるたびに、私たちは江利チエミを思い出しています。これは浅田次郎の原作にはない物語です。でも見ている私たちにはそれが充分に分かっています。「ああ、健さんも江利チエミを思い出すのだろうな」。乙松も亡き妻静枝を思い出しているのでしょう。
 そして乙松はまた亡くなった娘雪子を思い出すのですが、その雪子が目の前で次第に成長していくのです。
 そんなことはありえないのですが、これは奇蹟の話なのです。そして乙松は最後雪の中で亡くなっていくのです。

 淋しく悲しい映画でした。原作を読むときと同じで、ただただ涙ばかりになります。
 もうまたこの映画も見ることはあるのかな。当然またあるでしょうね。