12072404  私は、『源氏物語』を、『与謝野晶子訳源氏物語』「谷崎潤一郎『新々訳源氏物語』」田辺聖子『新源氏物語』と読んできました。
 私は谷崎潤一郎がものすごく好きで、彼の作品は中学生の2年のときに、ものすごく量を読みました。でもはっきりいいまして、どうにもつまらない作品としてしか思えないのもいくつもあるのですね。私は『痴人の愛』『鍵』『瘋癲老人日記』(あとの2作品を読んだのは20歳を過ぎてからです)は、少しも好きになれないものでした。他にもつまらないと思える作品はあるのですが、作品名が分からないです。

 Noraさんの「ネット赤ちょうちん」で、次のようにありました。

女性を渡り歩く光の源氏が嫌だし、女性達の切ない怨念のようなものは生きていく力にはなりにくいです。

 はっきりいいます。「女性を渡り歩く光の源氏」なんて、明確に誤りです。
 ここにいる女性たちは、みな源氏との恋愛に強く生きています。

 そうですね。末摘花(すえつむはな)という女性なんかは、どう読んでも彼女は醜いという容貌しかしていないです。でも源氏はちゃんと愛し続けるのです。
 どうにも私には怖いとしか思えない六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)という女性なんか、思えば、いい存在ですよね(いやこう簡単に言い切れるのかは、私には分からないところです)。
 やはり私は紫の上が好きです。『源氏物語』で、この女性(まだ女性というよりも「女の子」ですが)が若紫として始めて登場するところ、そしてこの女の子を見ている光源氏の視線が好きです。この物語が本当は、『紫の上物語』というのかもしれないというのは、よく分かります。いや紫式部は、この物語の名称を明確に言っていないのですね。
 まだ小さな女の子の若紫を見ている光源氏の視線はいいものだり、その視線の先にいる若紫は今私の目に浮かぶようなのですが、実に可愛い存在です。

 江戸時代なんかには、大名たちは江戸と本国に妻を持っていました。世継ぎができないと、幕府に平気で藩をつぶされてしまいます。いや各藩だけでなく、幕府本体も必死な世継ぎ問題でした。
 この江戸時代の前の戦国時代なんか、もう必死に家を守るために、各藩主は本妻以外に側室を持ちます。それでも織田家も豊臣家もうまく行きませんでした。一見不器用に見える徳川家康がどうやらうまく家を守れたのです。
 関が原のあと、京都の高台院に家康は北の政所(お寧々)をたびたび訪れています。豊臣家のことを相談しているのです。このときに、のちの大坂の陣は決まってしまったかのように私は思います。
 あくまであの時代も家を守ることが大事だったのです。
 世界でも狭い自宅に、本妻と妾を一緒に住まわせたのは勝海舟だけです。どんなにひどい帝王であっても、中国でも欧州でもこれまでのことはやっていません。海舟の奥さんが、亡くなるときに、「今度生まれてくることがあるのなら、二度とこの海舟には会わないように」と願ったのは実によく分かります。

 そんな武士たちにくらべて、この光源氏は、実に女性を大事にしています。
 平安時代にも、大変暑い夏があるわけで、清少納言がご飯の上に氷を乗せて食べるシーンがあります。涼しくていいように思いますが、待ってくれよ、そもそもそんな風に飯の上に氷を乗せて食べてもうまいわけがないじゃないか。
 間違いなく、現代が確実にいい時代なのです。
12072405 でもそうは思ったとしても、『源氏物語』はあの時代に、男女の愛を大事に描いた物語なのだと思います。男に任せたら、また人を平気で殺す戦の物語ばかり描いたことでしょう。
 私はまだ、この『源氏物語』を描ききれません。男である私には、どうにも退屈に思えてしまう物語です。『更級日記』の少女のようには、私には好きになれない物語なのです。

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